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初めてのビール

category story ending Body bond level
撫子の物語 初めてのビール 初めてのビール スーパーの駐輪場、夏の陽射しの下。キンキンに冷えたビールをバイクのリアボックスに詰め込み、バイクに乗ろうとしたところで、撫子は足を何かに掴まれた。
下を見ると、無邪気な目をした幼い女の子がいた。
「ん?」
「……う……おかあさんじゃない……おかーさーん! うわ~~ん!」
「っ!」
撫子は、突然泣き出した女の子に慌てふためき、十五分ほどかかってようやく、サービスカウンターで待っていた両親にしゃくり上げる女の子を引き合わせることができた。
その十五分間で、直射日光に晒されたリアボックスと中のビールはすっかりぬるくなっていた。
駐輪場の外、熱気に歪むアスファルトの道路を見て、撫子は頭を悩ませる。
いつも通りの、夕食までに父のために冷えたビールを買って帰るだけのおつかいなのだが、今日はどうもうまくいかない。
近所のコンビニは臨時休業していて、隣の駅の酒屋では品切れ。そこでバイクに乗ってやや遠いスーパーまで来たのだが、さっきの出来事でビールがぬるくなってしまった。
今日は厄日だ。
「はぁ……帰るか。家の冷蔵庫で冷やしても大して時間はかからないだろ。」と自分自身を慰め、撫子はバイクで帰路に就いた。
三十分後、汗にまみれた撫子は、冷蔵庫を前に、ビール缶を持ったまま途方に暮れていた。いつも運転音がうるさい冷蔵庫は今日はやけに静かで、もっと言うと水が漏れている。
父がキッチンから出てきて、暢気に撫子に話しかけた。
「冷蔵庫ってのは長く使ってると壊れるもんだし気にすんな。それより、お前も成人したことだし、父ちゃんと一杯飲まねえか?」
普段から「ちょっと怖い」と評判の撫子の顔がより一層迫力を増した。
「ビールは冷えてる方がうまいって、親父、いつも言ってるだろ?」
「そりゃそうだがよ、壊れたもんは仕方な……っておい?」
そんな話をしつつも、撫子は既に冷蔵庫をトンテンカンテンと分解し始めている。
父はそれを見てははっと笑い、娘の手伝いを始めた。
嫌々やらされる「おつかい」でも、今日のように何度も何度も阻まれると意地でも完璧にこなそうとする。そう、この娘は負けず嫌いなのである。
それから数時間後、撫子は冷蔵庫の電源を入れ、ビール缶を中に入れた。父は既にぬるいビールを飲み干し、ソファで満足そうな顔で寝ている。
撫子も隣のソファで一息ついた。深夜、撫子の携帯のアラームが鳴り出した。疲労で凝り固った肩を揉み、冷蔵庫のドアを開くと、心地よい冷風が頬を撫でる。彼女はキンキンに冷えたビールを開け、得意気に父が飲んだビール空き缶と乾杯してから、一口だけ飲んでみた。
濃密な炭酸の泡が小麦の香りとともに口の中で弾け、清涼感のある喉越しが一日の疲れをすっきりと洗い流し、達成感に昇華させる。
……なんだ、案外悪くないじゃないか。
と、撫子は唇に付いた泡を舐めた。父がビールを嗜む理由が、少しわかったような気がした。
絆レベル2