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井戸を見てみる。

雀士: 
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今日は本当に暑いので、私は本能の赴くままに井戸、もとい水源に向かった。井戸の周りは気温も低く感じるし、内側へ手を伸ばすと壁がひんやりとしていて気持ちいい。
[明智英樹]釣瓶を落としますから、気をつけてくださいね。
[player]はーい。
英樹は重そうな木製の桶を井戸に投げ入れ、そしてロープを巻き上げて水で満たされた桶を少しずつ上に引っ張り上げた。
[player]英樹って、細身なのに、意外と力あるんだね。
[明智英樹]そういうことを無闇に言うものではありませんよ? ドラマ等では、そういう台詞の後にその力強さを証明されてしまう展開が定番ですし。
[player]ゴホッゴホ……君、本当に明智英樹? 人違いじゃないよね?
英樹はぷはっと笑い出した。さっきの言葉がどれだけ問題発言なのか、全く気にしていない様子だ。
あの英樹が際どいネタを口にするなんて。お屋敷に帰ってきて、かなり気が緩んでいるんだろうな。
[player]涼しい……。ただ井戸水で手を洗ってるだけなのに幸せ……。
[明智英樹]それでは、もっと幸せになりましょうか。葡萄とライチがあるので、この水で冷やして食べましょう。
英樹は果物をバケツに入れ、そろそろとバケツを井戸水に浸した。その姿は、正直いつもの完璧で王子様な部長とはとても結びつかない。
[明智英樹]祖母が教えてくれたやり方です。井戸の水で果物を冷やすと、すごく美味しくなるんですよ。井戸水じゃないとだめなんですよね……手を抜いて、水道水でやってみたこともありますが、全くの別物でした。
[player]英樹でも、手抜きすることがあるんだ。
[明智英樹]それはそうですよ。実は昔、祖母と住み始めたばかりの頃は、お隣さんたちにも真面目な子だと思われてました。
[player]だって実際そうじゃない。
[明智英樹]ふふ、ありがとうございます。でも祖母は、僕の真面目さを一度も褒めてくれなかったんです。
[player]え、どうして?
[明智英樹]上手く説明出来ませんが……。祖母は、子供には「真面目」でいるより、「元気」でいて欲しかったんじゃないかと。
[明智英樹]僕を他の子供のようにはしゃがせるため、祖母は何でも試しました。毎日友達と遊ばせたり、おやつをたくさん買ってきて僕を誘惑したり……でもどれも効果はいまいちで。
[player]あはは、おばあさま、可愛い~。
[明智英樹]ええ。でも僕は未だにこんなですし、祖母にはきっとたくさん心配をかけたと思います。昔に戻れたら、祖母に……おばあちゃんに元気な僕を見せたいです。
英樹は懐かしそうに言った。今やけにはしゃいで見せているのも、昔の自分が出来なかったことを何とかこなそうとしているのかもしれない。
慰めてあげたかったけど、下手に何かすると傷つけてしまいそうで出来なかった。英樹はそんな私の気持ちを汲んで、笑って話題を変えてくれた。
[明智英樹]そうだ、今朝会った場所に比べて、このあたりは何だかいい香りがしませんか?
[player]言われてみれば、確かに……。
[明智英樹]この街にははエンジュの木を植えると幸運に恵まれるという言い伝えがありまして、うちの裏庭にも植えてあります。子供の頃は、よく友達とエンジュの花を摘んで食べようと、木を登ったりしましたね。落ちて怪我した子もいました。一度食べてみませんか?
[player]花びらを? ぜひ食べてみたいけど、今日は怪我しないでね。
[明智英樹]どうでしょう。でもちゃんと安全を考えて摘みますから、心配しないでください。
英樹は梯子で木に登り、エンジュの花を摘み始めた。その間、私はこのエンジュの樹をじっと観察していた。
さすが明智家の歴史を見つめてきたエンジュの樹、とても大きい。二人で抱えられるかどうかの太い幹は、花のものとはまた違ういい香りがする。
[player]あれ、ここに何か刻まれてる。
幹には見覚えのある模様が刻まれている。確か何年か前の漫画に出てきた、主人公とヒロインが契約をした時の魔法陣に似ている。となると、これを刻んだのは英樹?
[明智英樹]よく気づきましたね。こんなのもありましたね……すっかり忘れてました。小学生の頃に秘密の箱をこの下に埋めたのですが、その目印として刻んだものです。
[player]え、タイムカプセル的な? 漫画の真似してやったとか?
[明智英樹]その通り、あの漫画の影響です。これを埋めてから、もう十年以上も経ったんですね。
[player]それなら、漫画のストーリー通りに、そろそろ掘り出した方がいいんじゃない?
[明智英樹]はは、確かに。では、掘り出してみましょう。
英樹と一緒にせっせと地面を掘ると、すぐにボロボロの金属ボックスが出て来た。
表面の土を払ったが、英樹はなかなか開けようとしない。
[player]私見ないほうがいい?
[明智英樹]いえ、見せたくない訳ではないのですが……この中に入れる手紙を書いた時、ちょうど父と仲違いをしていて、後ろ向きなことばかり書いた記憶があって。
[明智英樹]今思えば、あの時の喧嘩の原因は本当に些細なことですが、当時の僕にとってはそれなりに辛かったなと。
英樹はいつも完璧な一面を見せているから、今のような迷いはなかなか見せない。私は手を彼の手に添えて言った。
[player]どんなことが書いてあったって、もう過去のことだから。英樹にとって大事なのは、今を生きることでしょ。
[player]過去の自分を客観的に見つめることで、今本当に必要なことがわかるかもしれないよ。
[player]私の知ってる明智英樹は、こんなどころでモタモタするような人じゃない。そうでしょ?
チュンチュンと、私に答えるように梢に留まっている小鳥が鳴いた。英樹はそれを聞き、決心して蓋を開けた。
でも箱の中身は、英樹が言ったような手紙ではなかった。
[player]「私の可愛い孫、英樹くんへ」
[明智英樹]おばあちゃんの手紙……?
「夜眠れなくて庭を歩いていたら、あなたの秘密を見つけてしまいました。勝手に中身を替えてごめんなさい。」
「この箱を掘り出す時、あなたはもう高校生かな、それとも大学生、社会人かもしれないね。もう好きな人は出来た? まだ周りの人と距離を取っているのかな?」
「どんなあなたでも、あなたはおばあちゃんの誇りです。一番聞きたいのは、あなたは今幸せかってこと」
「明智家の後継者になるとしても、別の道を行くとしても、幸せになれるかどうかで決めて欲しい。」
「この手紙を見た君が幸せでいること、そしてこの先もずっと幸せでいることがおばあちゃんの一番の願いです。いつでもあなたを愛していますよ。」
簡潔な手紙だけど、おばあちゃんの孫への愛情と期待が溢れんばかりに詰まっている。手書きの文字を見て、夜更けに孫のことを思いながら手紙を書いた老女の姿が浮かんだ。
[明智英樹]父は、僕を政治家にし、明智家の後継者とするために、子供の頃から厳しく教育してきました。
[明智英樹]でも僕は、本当は、父の期待を重荷に感じていました。
[明智英樹]高校の生徒会長も、今の麻雀部の部長も、本当はやりたくなかった。でも、こういう役目を果たせば、父の教育が成功している証になるから……。
[player]実際、向いてると思うけどね。
[明智英樹]ええ。うまくやれた時は、僕も嬉しかったですが、それを隠してきました。
[明智英樹]他の人に、特に父には知られたくなかったから。でも今、吹っ切れました。
英樹は手紙を折りたたみ、大事に胸ポケットに入れた。
[明智英樹]この手紙のおかげで、僕は気づいたからです。父のためでもおばあちゃんのためでもなく、僕は僕自身のために生きていることに、そして、僕がずっと愛されていたことに。
[明智英樹]今なら、おばあちゃんの質問にこう答えられる。幸せです、と。これからもずっと幸せのために生きていきたい、とね。
[player]おばあさんが聞いたらきっと喜ぶよ。
[明智英樹]ありがとうございます。まあ、おばあちゃんなら、君を家に連れてきたことだけで喜びそうですけどね。
[player]え、それってどういう意味?
英樹は近づいてきて、私の髪についたエンジュの花びらを取ってくれた。
[明智英樹]また一緒に、ここに来ましょう。
[player]うん。
おばあさまが喜んでくれるということだし、ね?