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もう少し話を聞いてみる

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[player]サラと共演できるなんて、ファンとしてこれ以上の喜びはありませんよ。
[player]でもこんな大役、私で本当にいいんでしょうか?
[サラ]ウフフ、そんなに心配しなくてもいいわよ。結局のところ、勝負はあくまで私とオレヴィのものだから。
[サラ]もし台詞を覚えるのに不安があるなら、声は裏から入れてもらって、あなたは体の動きに集中するのでも大丈夫よ~。
[player]それなら一ヶ月あればいけそうですけど……。でもなんで私が? こんな大事な勝負、やっぱりプロの役者に任せた方がいいんじゃないですか?
もしかして、私の中には自分でも気づいていなかった演技の才能が眠ってたり……いやさすがにないな。
[サラ]もちろん、プロの方にやってもらった方がスムーズだと思うわ。でも、大事な勝負だとしても、お客様には面白みのある舞台を見てもらいたいのよ~。
[サラ]あなたに共演してほしいのは、あなたがいつも予想外のアイデアを出してくれるから。この前「異郷の民」と出会った時みたいにね……
[player]私に求められてるのは、意外性でしたか。
[サラ]そうよ、あなた。今回はどんなサプライズを見せてくれるのか、期待してるわ~。それに……。
[player]?
[サラ]……いいえ、何でもないわ。ということで、この役、受けてくださる?
[player]いや、だって……。
答えを迷っていると、小さな黒い影が視界に入ってきた。ミーちゃんがいつの間にか私の隣に来ていて、イエローの瞳で私を見つめている。
[サラ]ミーちゃんもいいアイデアだと思わない?
ミーちゃん
[ミーちゃん]みゃう!
[player]ミーちゃんもそう言うんじゃ、ここはもう退けませんね。これから一ヶ月、ご指導よろしくお願いします、サラ先生。
[サラ]ええ、一緒に頑張りましょうね。
こうして、サラさんとの共演が決まった。
勝負までの一ヶ月間、私達の稽古のため、そしてサラさんに十分な休みを取ってもらうため、「Soul」は公演回数を限界まで減らしていた。
[ヒーリ]……そこ、動きが変。
[player]ワンテンポ遅れた、すみません。ここは早めに立ち上がってドアを開けて……あれ、これは次の幕だったか。
[サラ]あなた、一旦休憩しない? あとでもう一度確認しましょう。
[player]いや、もう一度お願いします。でも台本を確認する時間を少しください。
今回はサーカスのステージで上演するため、元の「カルメン」の台本を短く改編している。その分、全体的にテンポが早くなっているので、集中していないとすぐ遅れてしまう。
稽古を始めてからの数日は、毎日家に帰って風呂に入って即ベッドの生活だった。
[サラ]さっきの婚約者と相対するパートの歌声、いい感じにくたびれてたわよ~。ドン・ホセの動揺がうまく表現出来てるわ。
[player]あはは……。それはただ本当に疲れてただけですけどね。でもその方がいいなら、本番でもそうします。
身体は疲れているが、精神は意外と集中出来ている。特にサラと共演するパートになると、疲れを忘れて身体を動かせる。
それに加えて、稽古を通じて自分自身の成長が実感出来て、疲れによる苦しさよりも嬉しさが勝っている。
[サラ]ヒーリ、もう一度音楽を。
[ヒーリ]はいよ。
[player]そろそろ二時間経つし、サラさんもちょっと休みませんか?
[サラ]ううん、今いい感じだからもう少し踊るわ。
サラの稽古を見ていると、自分とプロとの差が身に染みてわかる。サラはもう私の何倍の量も踊っているのに、今でもバシッと決まる動きで、流れるように踊っている。
[サラ]♪♪
本当に好きなことをやっているから疲れない、とも考えられるな。
数日後
そして時が過ぎ、勝負まであと二週間。
[サラ]カンパ~イ♡
[player]乾杯!
私が初めてミスせず通せたことを祝して、今日は稽古終わりにサラとレストランに来ていた。
[サラ]あなた、本当にセリフを覚えるのが得意なのね~。たった三日で全てのセリフを暗記してしまうなんて、吹き替えを使う案は見くびり過ぎだったわね。
[player]台本がうまく短くまとめてあるおかげだよ。はぁ……。ダンスもセリフと同じように暗記出来たらなぁ。
[サラ]フフ、今日はちゃんと出来てたじゃない。
[player]運が良かったんだよ。明日になったらまたポジショニングとか間違えそうで怖いよ。
[サラ]あら、案外ストイックなのね。でもそんなに気にしなくていいのよ。ちょっとくらいズレてもそんなに変わらないから。
[サラ]オペラはいつものダンスと違って、キャラクター性を出すことがとにかく重要なの。それさえ出来れば魅力的な演技になるわよ~。
[player]キャラクター性ね……。そこが一番難しい。
[player]台本を読んでいると、ドン・ホセが狂おしいほどカルメンを愛しているのがわかる。でもいざ自分が演じてみると、どうしても激情を現す場面で躊躇してしまう。もしかしたら、私はまだ彼の気持ちを理解し切れてないのかも。
ドン・ホセが愛するカルメンをナイフで刺すシーンとか、演技だとわかっていても、中々踏み切れない。
[player]サラがカルメンの役を自然に演じているのを見て、みんなが今回の勝負について何も心配していない理由がわかった気がした。サラは完全にカルメンそのものだもんね。
[サラ]……そう、かしら。
サラは私の言葉を聞いて、あの日と同じような苦笑をした。
[player]サラ? えっと、私何か変なこと言った?
[サラ]ううん、お客さんたちにもよく似てるって言われるのよ。
[サラ]けど、どこがどんな風に似てるのかは、未だによく分からないわ。
サラに出会ってから初めて、彼女の表情から迷いのようなものを感じた。
[サラ]性格とか外見とか、そういう意味で似てるのはそうだと思う。けど、私と彼女はそもそも別の人間よ。お客様が「私に似た彼女」を求めてるんだとしたら、今のまま演じていていいのか……分からなくなってしまったわ。
[サラ]期待されることの重さが身にしみるわ……。みんなが求めるカルメンを演じたいと思うほど、私が思うカルメンをこのまま演じていいのか迷ってしまうの。
[サラ]最近はこういうことを考えると、なんだかもやもやしちゃうのよね。
[player]……ごめん、サラ。気付けなくて。
あの日、サラがオレヴィさんに「カルメンの役は君にしか出来ない」って言われた時の、苦笑いの理由はこれだったんだ。ずっと迷っていたんだな。
[player]今思えば、こういう言い方って失礼だよね。サラはサラで、別の誰かに成り代わる必要はないはず。私は観客としても、舞台の上に立っているカルメンより、サラ自身を見たいよ。
[player]今のままのサラが一番だと思うから。
[サラ]……ありがとう。なら、私もあなたに謝らなければならないわ。
[player]?
[サラ]あの日、なぜあなたを選んだか聞かれたでしょう? あなたの意外性に期待してるのは本当だけど、実は……あなたが私に向けている感情は、ドン・ホセのカルメンへの愛に似ているような気がしたから、というのもあるの。
[サラ]でもあなたの言う通り、あなたもあなたなのよね。ドン・ホセじゃなくて、私の大切なお客さん。だから、あなたにも謝らなきゃ。ごめんなさい。
[player]ならおあいこだね。……へへ、なんか嬉しいな。
[サラ]嬉しい?
[player]同じことで悩めるってことは、私はサラにより近づけたんだなって思って。これほど祝杯に値することって、他にないよ。
[サラ]ふふっ、そうね。乾杯。
[player]乾杯!
この稽古を通してサラと親密になれたけど、今晩サラのことがもっとわかったし、サラとの距離がぐっと縮まった気がした。
夕食後、サラをサーカスまで送る途中。
[player]サラ、もしもの話だけど。負けたら本当に「Musae」に行くの?
[サラ]あら? まだ冗談だと思ってる? 約束を守るのは当たり前よ。あ、もしかして、行ったらあなたが寂しいとか~?
[player]ヒーリさんやみんなには言えないけど、サラのファンとして、サラがどこに行こうがついていくだけだよ。むしろ、有名なところに入った方が未来は明るいのかも。
[サラ]なのに、私に負けてほしくないのね。
[player]あれ、そんなこと言ったっけ。
[サラ]でも本当のことでしょう。
[player]あはは、サラにはお見通しだよね。ファンだからね、サラが負けるところなんて見たくないし、想像も出来ない。
[サラ]あなたにそこまで期待されちゃったら、余計に負けられないわね~。
[player]更に重圧を負わせるようで悪いけど、今回は私も精一杯力を尽くすから。
[player]……と言いたいところだけど、本番で上手くドンになり切れなかったらどうしよう? 観客が私を無視して二人の演技に集中するよう祈るしかないかな?
[サラ]フフ、無理してドン・ホセになる必要はないのよ。
[player]だって、キャラクター性が大事だって。
[サラ]そうね~。でも、観客として本当に見たいのは役ではなく、ステージに立つ私だって、あなたが言ったのよ。だから私は、「私」を見せることに決めたわ。
「私」を見せる……。
[サラ]今、あなたの目に私はどんな風に映ってる?
[player]え、っと……。
[サラ]本番までの間、もう少しこのことについて考えましょうか、二人で。
[サラ]その答えが見つければ、迷いも消える気がするわ。
[サラ]……ここまででいいわ、ありがとう。おやすみなさい。今話したこと、よく考えてみてね~。
[player]うん、おやすみ。
家に帰ったのは日付が変わる直前だったが、眠気が全く無い。
軽くシャワーを浴びて、私はベッドの上で台本をもう一度読み始めた。
役を演じるためには、役を理解し、感情移入する必要がある。
[player]ホセ……私は今きみの人生を読み、きみを理解しようとしている。
でも私は私、きみはきみ。これからも一生きみを理解出来ないかもしれない。
「今、あなたの目に私はどんな風に映ってる?」
[player]……サラの方こそ、きみが見ているのは私?
それともドン・ホセ……?
本番当日
[player]お客さんがいっぱいだ……。
本番の日が来た。開演までまだ時間があるのに、客席が既に埋め尽くされている。
[スタッフ]さすがオレヴィさんの集客力だ、今日のチケットは一瞬で完売したよ。
最近の「Soul」の売り上げから推測するに、今日のチケットの半分以上はオレヴィさんのファンが買ってくれたんだろう。
[player]サラの言う通り、こっちがホームなのに、アウェーみたいだね。
[サラ]あらあなた、緊張してるの~?
[player]そりゃしてるよ。敵方からも支持を得られるように頑張らなきゃ。
[サラ]ふふっ、やる気十分ね。
[ヒーリ]サラ、そろそろ準備して。
[サラ]ええ。あなたも、そろそろ着替える時間よ。
[player]うん、今行く。そうだ、サラ。
[player]もしもだけど……もし最後カルメンが生き残ったら、面白いと思う?
[サラ]そうね……いきなり聞かれても、上手く想像出来ないわ。
[サラ]でも考えておくわ。
[player]うん。お互い、頑張ろう。
[サラ]ええ。ステージで会いましょう。
[player]じゃあ、また後で。
開演の時間
[ナレーション]本日は「Soul」の特別公演にご来場いただきありがとうございます。まもなく開演です。
第一幕 前奏曲
朝の広場、市民たちが行き来している。広場脇の詰所で、俺は同僚と話し合っている。
俺の名前はドン・ホセ、伍長に昇進したばかりの衛兵だ。今は椅子に座って、鎖を作っている。
[長官]ホセ、あそこのたばこ工場にいる娘たちは、どうだ? 見目の良いのはいるかね?
[player]長官、申し訳ありませんが、わかりません。今まで気にしたこともありませんよ。
[長官]ふん、だろうな。お前に婚約者がいるから聞いたんだよ、はは!
そんな話をしていると、工場の方から声がした。仕事明けの女工たちが工場から出てきたのだ。
[player]どんな人がいるのか、ご自身で見に行ったらどうですか。
[衛兵たち]カルメンはどこだ? どうしてカルメンはいない?
衛兵を演じる役者たちの合唱の中、カルメンは女工たちの群れから姿を現した。
彼女は顔を上げ胸を張ってステップを踏み、男達が彼女に群がる。
[衛兵たち]カルメン、俺に優しくしておくれ、せめて口をきいてくれ!
[サラ]恋は野の鳥 縛られやしない どんな法でも 手なずけられやしない
[サラ]そっちに気がなきゃ こっちは惚れる あたしが惚れたら ご用心!
高飛車に歌い上げた後に、一本の花が私の額に投げつけられた。地面に落ちたアカシアの花を拾い上げ、私は彼女を見た。
[サラ]そこの衛兵さん、あなたは何をしているの。
[player]俺かい? 俺は鎖作りで忙しいんだ。火門針を吊るすためのね。
[サラ]鎖……。そう、それはまさにあたしの魂をつなぐ鎖ね。
「ほほほ」と高らかに笑い、カルメンは歌いながら去った。男たちや女工たちも彼女に続いて捌けていく。
詰所の前には、再び俺と長官が残った。
[player]なんと申し分ない女性だ! この世に本当に魔女がいるとしたら、彼女もきっとそうなのだろう!
[長官]なぁに、ただの茶番だ。お前には婚約者がいるだろ? あんなの気にすんな。
そう、俺には、婚約者がいる……。
第一幕 第三場
[婚約者]ホセ、母親からの手紙よ。あの人、毎日あなたを気にかけていて、キスを送ってきたのね。
[player]母上からのキス、ありがたき幸せだ。ぜひ俺のキスも母へ、尊敬していると伝えて欲しい。
俺が愛する人は、慎ましく善良であるべきだ。
第一幕 フィナーレ
[サラ]このあたしを、牢屋に入れるですって?
[player]残念だが、そうするしかないようだ。
[サラ]ホセ、あたしの花も捨てたのね! あんたはもう狂ってる、あたしを愛してるというのに! あたしのために、なんでも出来るはずなのに!
本当は、あの花を捨てられてなどいなかった。俺は「魔女」に魅了されたのだ。貞淑で心優しいあの子に、愛していると言う日は二度と来ない。
[サラ]恋は野の鳥、どんな掟でも縛れやしない!
俺はカルメンの歌声に幻惑され、後戻り出来ない一歩を踏み出した。
第二幕
[衛兵たち]万歳 万歳 闘牛士! 万歳 万歳 エスカミーリョ!
力強いビートに合わせ、闘牛士エスカミーリョが、凱旋した将軍のように黒馬に乗って登場した。
女性ファン
[女ファン]キャァアー! オレヴィ様~!
客席から女性ファンたちの黄色い歓声が沸き上がる、テントの屋根を突き破りそうな勢いだ。
[オレヴィ]君達の乾杯に応えよう、戦いに誇りを持つ者どもよ! 兵士と闘牛士は同志も同然!
エスカミーリョは赤い布を振りかざし、颯爽とターンして引き続き歌う。
[オレヴィ]闘牛場は満員! 今日は祭りの日! 観客は我も忘れて歓呼する! 挑戦だ 喝采だ!
カルメンは先ほどと変わらず顎を上げ、エスカミーリョの前まで歩いた。闘牛士は赤い布を翻し、女を懐に迎えた。
[オレヴィ]愛がお前を待っている トレアドール!
[player]オレヴィさん、本当にかっこいいなぁ。
ドン・ホセ役として悔しいが、たとえ私がカルメンでも、この凛とした闘牛士を選ぶだろう。そんなオレヴィさんの演技を見て、私は勝てるか不安になってきた。
[player]短い出番で観客の心を掴みとる、あの宣言は本気だったんだな。
[サラ]ふふっ、オレヴィは実力派だもの。でも私も負けてないわ。
[サラ]それに、あなたもいい調子じゃないかしら。練習の時よりずっと上手くやれてるわ。このまま最後まで頑張りましょう。
[player]本当? よかった、この一ヶ月は無駄じゃなかったんだな!
[サラ]ええ、あなたには歌とダンスの才能があると本気で思うわ。いっそのこと「Soul」に入ったらどう?
[player]そ、そう? じゃあ、勝てたら考えようかな。
私の緊張をほぐすため、サラが冗談を言ってくれた。とは言え、サラに褒められるとやっぱり嬉しい。
[サラ]ええ、真面目に考えてね。私、本気だから。
[player]え、ええ?
[サラ]さて、次は私の出番ね。あなたはもう少し、ゆっくり休んでて。
[player]あ、うん……。
本気、なのか?
第四幕
そして公演も終わりに近づき、クライマックスシーンが始まる。
カルメンの心変わりを知ったドン・ホセは、彼女を探しに闘牛場に来た。
もっとも衝撃的なシーンだから、ここで勝負が決まると言っていいだろう。
闘牛場の前、私は無気力な身体を引きずってカルメンに近付き、彼女の腕を掴んだ。
[サラ]放して。
[player]あの歓声を浴びている男、あれがお前の新しい恋人だな。
[player]カルメン、やつに会いに行くんだな? 彼を愛してると言うんだな!?
[サラ]ええそうよ、愛してる、たとえ死を目前にしても言うわ、あたしは彼を愛してる!
闘牛場の真ん中で、黒い闘牛が血だまりの中に倒れた。観客の喝采さえも、私を嘲笑っているように感じる。
[player]かくして、俺の魂が救われるのか! 奴の腕の中で俺を笑え、いや、血を流してでもお前を行かせたりしない! カルメン、俺と一緒に来るんだ!
[サラ]嫌、嫌よ! 絶対に嫌!
カルメンは俺の手を振りほどき、かつて俺が送った指輪を投げ付けてきた。
[サラ]その指輪、返してやるわ。行かせてくれないのなら、いっそのこと殺してみなさい!
[player]……。
いよいよこの時が来た。
俺はカルメンを凝視し、懐からナイフを取り出した。しかし彼女は怖がる素振りもなく、凛々しく立っている。
これが芝居だからでも、私が持っているナイフがただの小道具だからでもない。その凛とした表情はサラの本心からのものだと、私は肌身で感じた。サラは今、まさに愛と自由のためなら死さえ恐れないカルメンそのものだ。
[player](小声)さすがサラ、すごいな。
私がなぜサラに「ドン・ホセと似ている」と言われたのか、ようやく理解した。サラのダンスと歌、振る舞いや表情に魅入られた私は、カルメンに惑わされたドン・ホセと同じだ。
もし私がドン・ホセの立場なら、私は本当に、目の前の愛する人を殺せるのか。
回想
[サラ]今、あなたの目に私はどんな風に映ってる?
[サラ](小声)……あなた? 大丈夫?
[player]……。
どうするべきか考えるんだ。今私の前にいるのはカルメンか、それともサラか。
それ以上に、私……ドン・ホセはいったい、自分自身についてどう思っているのか。