[-] 医務室に入ると、赤い髪の女性……ゆずとカーヴィの師匠であり、薬草店「マンダラ」の店主のレイアさんが、間仕切りの向こうにいる患者に向かって頭を抱えていた。この人にしては、とても珍しい光景だ。
[player] レイアさんでも、治せない症状があるんですね。
[レイア] ああ、PLAYER、君だったのね。
[レイア] はぁ、これは確かにちょっと手強い症状だわ。今朝、眠気覚ましの薬が欲しいと言って来た患者さんがいたのよ。でも薬を飲ませても効果がなくて、今そこのベッドで寝てるんだけど、いくら呼んでもまったく起きないのよ。
[player] ……それはこの患者さんが少し特殊なだけで、あなたのせいではないと思います。
[player] そうだったわ、君、どうしてここに? どこか具合でも悪いの?
[player] ああ、はしゃぎすぎて、ちょっとめまいがして……お喋りに集中していたせいか、ちょっとマシになってたんですけど、今また気分が悪くなってきました……。
[レイア] ここに来る患者さん、ほとんどが今の君と同じ症状を訴えるのよね。思い切り遊ぶのはいいことだけど、体に気を付けないとダメよ。
[レイア] さ、この薬を飲めば、少しは気分が良くなるはず。
[player] ありがとうございます。
[-] レイアさんがくれた薬を飲むと、数分も経たずに視界がクリアになってきて、不快感のあるめまいも消えた。
[player] そういえば、どうしてここで、診察を?
[レイア] ざっくり言うと、医師の方の手が回らなくなってる時に、何人か患者さんを診てあげたの。そうしたら、患者さんが思いのほか私の薬を気に入ってくれたから、いっそここに残って、診察を手伝おうかしらと思って。
[player] せっかく遊園地に来てるのに、遊びに行かなくていいんですか?
[レイア] 島に着いて早々、ゆずもカーヴィもいなくなっちゃったのよ。そりゃ、遊びに行きたいけれど……一人じゃ、ね……
[-] レイアさんがチラッチラッとこちらを見てくるので、私は意を汲んで手を差し出した。
[player] ちょうど私も一人なんです、良かったら一緒に回りましょう。
[-] 二人で話しながら歩いていると、突然ショートメールの受信音が鳴った。
[ゆず] (ショートメール)正義のパトロールが一周終わったのだ! PLAYERは今何をしてるのだ?
[player] (ショートメール)君の師匠と一緒にいるよ、ゆずも来る?
[ゆず] (ショートメール)やっぱり、もう一周パトロールした方が良さそうなのだ……PLAYER、お大事になのだ! キュルルゥ!
[レイア] PLAYER、どうしたの? 用があるなら先に済ませていいわよ。
[-] 顔を上げると、レイアさんが気遣うようにこちらを見ていたので、私はすぐに首を横に振った。
[player] 何でもないです、友達がちょっとしたことをショートメールで送ってきただけで。
[-] ゆずの奴、また妙なことを……レイアさんには内緒にしておこう。
[-] あてもなく歩いているうちに、悲鳴が絶えず聞こえてくる「プテラノドン・フライング」というアトラクションの前に来ていた。レイアさんは立ち止まり、宙づりにされて両腕を広げながら自由に空を舞う人々をぼんやりと見ていた。
[レイア] 面白そう……
[player] 興味があるなら、乗りますか?
[レイア] いいの? 君、さっき具合が良くなったばかりじゃない。
[player] もちろん平気です! まためまいとか起こしても、レイアさんがそばにいるじゃないですか。いざという時は、もう一回薬を飲めば大丈夫ですよ。
[player] 遊園地に来たからには、とにかく楽しく遊ぶのが一番大事なんですから! ご心配は無用ですよ。
[レイア] ……本当に優しい子ね。……前に遊園地に来た時は、弟子達と一緒だったわね。いつのことだったか、もう思い出せないけれど。
[-] 彼女の優秀な弟子二人の「プロ意識」を思えば、レイアさんがまともに遊園地で遊べたことはないであろうことは想像に難くない。少し心が痛んだ。
[player] それなら、今日は時間の許す限り目一杯遊びましょう。
[レイア] 私、とっても嬉しいわ。もちろんいいわよ。これってつまり、私とPLAYERの約束……よね?
[player] はい。
[-] 三十分ほど並んで、ようやく「プテラノドン・フライング」に乗れた。安全バーをしっかり固定すると、レイアさんは私の手を握りしめた。
[レイア] 先生、このアトラクションに乗るの、初めてなの。ちょっと……ちょっとだけ、緊張するわね。
[player] あはは、緊張しながら始まるのを楽しみに待つのも、こういう遊びの楽しみ方の一つですよ。
[-] 繋いだ手のひらは温かく、緊張しているからだろうか、わずかにしっとりとしていた。レイアさんは、軽く胸をさすって深呼吸すると、周囲を見回した。しかしどこを見ればいいのか最後までわからなかったらしく、ならばいっそ、と目を閉じて口を引き結んだ。
[-] 「カチッ」という音がして、頭上の「プテラノドン」が急勾配を登り始めると同時に、レイアさんが震え出した。「プテラノドン」は頂点まで登りきると一瞬静止し、その後二秒もしないうちに、レイアさんの叫び声が聞こえてきた。
[レイア] きゃあああ~~~!
[-] この叫び声を「可愛い」と思った、などと白状したら、レイアさんは私を失礼な奴だと思うかな……?
[-] 地上に戻って来ると、レイアさんはぼんやりと天を仰ぎ、物足りないと言った感じで長いため息をついた。
[レイア] あぁ、もう一度乗りたいわ。
[player] じゃあ、もう一回乗りましょう。
[-] 私とレイアさんは、再びプテラノドンに体を掴まれ、晴天の下を飛び回った。
[-] 再び地上に降りると、レイアさんは自分を解き放ったかのように積極的になり、私の手を引いて、とても楽しそうにアドベンチャージャングルを散策した。彼女の目が、太陽のようにきらきらと輝いて見える。
[-] いや……待てよ……どうやら本当に、まためまいを起こしているっぽいな。
[-] レイアさんが楽しく遊べていることは、もちろん嬉しい。けど……レイアさんは絶叫系のアトラクションが大層気に入ったらしく、どのアトラクションも数回乗るまで満足しなかった。
[player] うぅ……すみません、ちょっと休みたいです……
[レイア] めまいがするの? はい、君のために薬を用意しておいたわ。
[player] ありがとうございます……あの、レイアさん、この後は他のエリアのアトラクションにも乗ってみませんか? まだまだ楽しいものがたくさんありますよ。
[-] いくらレイアさんの薬がすぐ効くとはいえ、アトラクションでめまいを起こす度に薬で緩和していては、さすがに精神がもたない。
[レイア] ……PLAYER、師匠との約束を破る気?
[player] え? いや、そんなつもりは……
[レイア] ……良かった、私の考えすぎだったみたいね。初めてカーヴィとゆずと遊園地に来た時、最初の方は一緒に楽しく遊んでたのよ。けれど、あの子達、他のアトラクションで遊ぶって言い出してどこか行っちゃったきり、私の所に戻ってこなかったの。
[レイア] ごめんなさい、「思いっきり遊ぼう」って君の方から言ってくれたのに、君のこと、疑っちゃった。
[player] ……
[-] 私はゆずがショートメールで「お大事に」と言っていた意味を、今この瞬間、うっすらと理解した……
[レイア] ゆっくり休んで、それからまた遊びましょう。私ね、あとであの「ビッグスイング」に乗りたいの。楽しめると良いのだけれど。
[player] あの、レイアさん……
[-] もうすこしゆったりとしたアトラクションにも乗ってみては、とレイアさんを説得しようとしたが、目をわずかに細め、トパーズのような瞳を熱い期待で輝かせているレイアさんを前にして、為す術もなく言葉を飲み込んだ。
[-] ……実際のところ、「熱い期待」というのは、好意的な解釈だった。オブラートに包まず表現するとしたら、これは「拒むことが許されない要求」だ。
[レイア] 君は、約束を守ってくれる……そうよね?
[player] ……はい。
[-] 君子に二言なし。レイアさんの「優しい」視線を受け、私はそれ以上何も言わなかった。「約束」というものの重さを、今日の経験から学んだ……
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