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この程度で満足なのか? おい、この野郎!

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[player]私みたいなまっすぐな人間は、悪と徹底的に戦わないといけないんです。だから絶対に退いたりしませんよ。
[玖辻]だったら、旦那の望みを叶えてやらぁ。
私達はそれ以上言葉を交わすことなく、「戦闘」状態に突入した。玖辻が再びアクセルを踏んでバイクをぶっ飛ばすと、私は強力な慣性が働いたせいで私は彼のコートをひっつかんだままのけぞった。あぁ……スピードを出しすぎるなと忠告するの忘れてた。
だが数メートルも進まないうちに突然減速し、ゆっくりと路肩に近づいて停まった。
[player]どうしたんです? ようやく正義に屈する気になりました?
[玖辻]チッ、ガス欠だ。
[player]ガス欠ぅ?
[玖辻]昨日遠出して、帰りに給油し忘れてたわ。
[玖辻]ま、アンタがそこまで俺のバイクの乗り心地が気に入るとは思わなかったのが主な原因だがな。
[player]私のせい? あっそ。
辺りを見回すと、見慣れない、やや荒涼とした景色が広がっていた。郊外まで来たんだろう。
[player]ここでガス欠を起こしたとして、今日中に町に戻れます?
[玖辻]そう慌てんじゃねェ。近くに知り合いがいる、そこで給油出来っから。
私はバイクを押す玖辻の後を追いながらうだうだと口喧嘩をし、こんなことになった「原因」を互いに押しつけようとしていた。十五分ほど歩いて分かれ道を曲がると、見慣れた自動車教習所が見えた。
偶然か? ここは間違いなく、かつて撫子さんに連れてこられた場所だ。
玖辻の目的地は確かにここらしい。敷地内に入って周囲の人に挨拶をしているところを見るに、彼はよくここに来ていて、教習所の中のことにも詳しいようだ。
バイクに給油してくれている人は、ちょうど前来た時に私と撫子さんをもてなしてくれた教官だった。彼は私と玖辻を二度眺めると、笑いながら私をからかった。
[教官]あれ、今日は撫子ちゃんは一緒じゃないのかい?
[player]今回は無理やり連れてこられたんです、信じてください。
[教官]わはは、うちの教習所の有望株はみんなお前と知り合いらしいな。そんなら、これからはバイクもしっかり乗りこなせないとダメだな。
[player]あはは……
教官は「ちゃんと乗る」という概念について少し誤解しているみたいだ。私の知る限り、玖辻と撫子さんの運転は「道路交通法違反のペナルティに堂々と向き合うこと」と「法律違反ぎりぎりのラインを攻めること」程度の違いしかない。
給油を終え、私と玖辻は教官さん達に別れを告げて町へと戻った。今回の玖辻は交通ルールを守り、バイクを飛ばしたり変な道に入ったりせず、大人しく帰った。
[player]どうして教習所の人達とあんなに親しいんですか?
[玖辻]あァ?
[player]てっきり、「ストリクス」の人はみんな、独学で運転出来るようになったのかと。
[玖辻]独学ってことに違いはねぇな。
[玖辻]けどよ、俺たちは腐っても法律を守る。バイクに乗るにはまず免許が要るのは理解してるし、「ストリクス」は免許を発行出来ねぇ。
[player]映画に出て来る情報屋は、偽の身分証とか作るの得意じゃないですか。
[玖辻]旦那よォ……免許証の偽造は違法だぜ。
[player]くっ……あなたって、時々いきなり社会通念に則ったことを言って、実に柔軟に最低限のモラルがあると思わせてきやがりますね。
[玖辻]柔軟なのはいいことじゃねえか。つー訳で、旦那がもし必要ってんならうちで一通り偽造してやってもいいぜ。
[player]……そんなサービスのお世話になる機会は来ないと思います。
[player]あの、教習所の人達はあなたが「ストリクス」のリーダーだと知ってるんですか?
[玖辻]あのな……情報屋が自分の名刺を作って、会った奴に配って回るモンだと思ってんのか? 旦那ァ。
[player]あ、違うんですか?
考えてみたが、「ストリクス」の存在や、連絡する方法を知っている人が周囲に多いのは、彼らが宣伝上手だからだとばかり思っていた。
[player]……他に聞きたいこともないですし、話はこのくらいにしてバイクを出してください。私を安全に目的地まで送り届けてくださいね、お願いしますよ。
[玖辻]へいへい。
玖辻と町に戻ると、彼は私を「幾度春」の近くの茶屋へと連れて行った。間をおかずに二度も来たので、このあたりの景色もだいぶ見慣れてきた。玖辻に連れられて茶屋の裏門から入り、そのまま二階の個室に入った。
[player]どうしてここに来るの?
[玖辻]そりゃもちろん、アンタに素晴らしいショーを見せるためさ。
窓辺に座って外を見ると、彼の言う「ショー」が何を指すのか、すぐに分かった。個室の窓からは茶屋の正面の通りが見えたのだが、まさにその時その通りで、盛大な「太夫道中」が行われていたのだ。
[玖辻]「幾度春」は、吉日を選んで、一番人気の芸妓に特別に誂えた華やかな衣装を着せ、「幾度春」の正門から通りの突き当たりまで行って戻ってくる……いわゆる「太夫道中」ってのを定期的にやってンだ。
[玖辻]「幾度春」が一番の置屋であることを示すためってのもあるし、この辺りの店は全部「幾度春」がやっててな、最も人気のある芸妓ただ一人だけが「幾度春」の女将となって、これらの商売を引き継げる決まりになってんのよ。
[玖辻]だからな、これは自分がオーナーをやってる商売の監査をして、主権を示しておくっつー意味合いもあんだ。
[玖辻]十数年前、東城玄音少女が自らの才能と美貌で全員をねじ伏せてから、「幾度春」の女将はずっと彼女のままだ。
[玖辻]「太夫道中」を担当する芸妓も、相変わらず彼女のままってワケよ。
私は玖辻の説明を聞きながら、窓にへばりついてその様子を眺めていた。行列の中に一人、豪奢な着物の女性が歩いているが、遠い上にベールをつけているせいで顔がよく見えない。玖辻は無造作に窓枠をノックしてこう言った。
[玖辻]あちらさんが、東城玄音サマだ。
玖辻の指は、お囃子に合わせてリズミカルに窓枠を叩き、このショーを楽しんでいるようだ。東城さんが私達の真下まで来た時、彼が急にこちらを見た。
[玖辻]旦那、取引の前にアンタに言っておくことがある。
[player]なんですか?
[玖辻]アンタに参加させたオークションと、その後の一連の出来事にどんな意味があったか、知りてぇだろ?
[player]まあそうですね。自分が何か特別な価値のある情報を手に入れたとは思えませんでしたし。
[玖辻]違うな、「アンタが参加した」こと自体が価値ある情報なんだよ。
[player]どうしてですか?
[玖辻]あの日、アンタがどの花を選ぼうと東城玄音に会えてたとしたら?
[player]三種類とも彼女を示す花だったんですか?
[玖辻]いや、彼女がアンタに会いたかったからだ。
[player]え?
[玖辻]最初は手元にある情報からそういう仮説が持ち上がっただけだった。けど、アンタの行動が、その仮説を証明してくれた。
玖辻の話のせいで、抱いていた謎が更に大きくなった。私と東城さんとの関係を考えても、彼女が積極的に私に近づこうとした理由に思い当たる節はない。
[玖辻]旦那、俺たちが交わした取引はまだ有効だが、条件を変えてやってもいいぜ。今からアンタに選択肢を二つやる。
[玖辻]一つ目、元々の約束通り、ヒーリのことを聞く。彼女が最近何をしてるのか教えてやる。
[玖辻]二つ目、自分のために東城玄音に関することを俺に聞く。アンタにとって使えるモンをを選んで教えてやる。
[玖辻]少し時間をやろう。自分が本当に欲しいモンを選ぶんだな。
玖辻の言葉を聞いて、私はじっと考え込んだ。感情的にも道理からしても、ヒーリについて聞くべきなのだろう。それが当初の目的であり、頼まれたことなのだから。
だが一方で、私は確かに東城さんがこんなことをした理由が気になっていた。今思い返すと、あの日彼女と交わした言葉には深い意味があった気がする。ありふれたことだと思っていても、実は思っていたより複雑だった……なんてこともあるし。
さんざん考えたが、選ぶのは難しい。サラとライアンくんの心配そうな眼差しが脳裏にかわるがわる現れたが、その奥で、東城さんのあの柔らかく心地よい声が響いていた。
[玖辻]はぁ……旦那はもっと自分中心に考えていいんだぜ。誰もアンタを責めやしないさ。
それなら……