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免許持ってるけど、秘密の賞品が気になる……何だろ?

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既にバイクの免許を持っている私は本来対象外だけど、一応リプライを残しといた。
さて、今日はどっかの麻雀会館で週末を満喫しようか、等と考えていると……
♪♪——スマホが鳴り出した。
[撫子]撫子さんからのビデオ通話……? 慌てて出る。
[player]こんにちは、撫子さん。
[撫子]よっ、こんにちは、PLAYER。リプを見た、文字で説明するの面倒だから直接話そうと思ってさ。
なるほど、彼女らしいやり方だ。
撫子さんが抽選企画のことを話してくれた。
この前、コレクターズアイテムの限定販売ヘルメットを買ったせいで、今月と来月の生活費がピンチになった撫子さんは、この教習所で雇われ指導員として働きたいと思っている。
で、明日が指導員資格の面接で、教習のテストが行われる日なので、今日は顔見知りの人と予行練習をしておきたいと。
[player]つまり、秘密の賞品は、撫子さんの生徒になれるチャンスってことですか?
[撫子]そういうこと。ま、急に思いついたことでさ、千穂理に聞いたら抽選で人を集めろってアドバイスしてくれたんだ。リプライ率を高めろだの、ターゲティングをより正確にだのとよくわからなかったけどね。
[player]確かにみんな抽選っていう言葉に弱いですしね……。
[撫子]でも残念なことに、実は未だにこの賞品を受け取ってくれる奴が現れないんだ。
[player]そうなんですか? リプライツリーを見た感じ、結構応募者多かったのに?
[撫子]確かにそうなんだけどさ、電話でこのことを話したら来られる奴がいなくなった。次の当選者に譲るって。参っちまうよ。
[player]あはは……バイクの免許って、手を出しにくそうだなって思われがちですもんね。
[撫子]バイクの楽しさを理解できないなんて、あいつら損してるよ。ま、という訳で、この抽選企画はなかったことにしようと思ってる。他の方法で付き合ってくれる人を見つけられないか考えてみるよ。聞いてくれてありがとね。それじゃ……
[player]あ、そうだ。
[撫子]ん? どうした?
生徒が見つからなくて困っているのなら、もし出来ればやってみたい……そう思った。
[player]予行練習だけなら、その条件を満たさなくてもいいんじゃないですか?
[撫子]んー……?
[player]ほら、バイクに乗れる人って、絶対教習所に通ったことがあるはずじゃないですか。 そういう人はそういう人なりに、撫子さんの予行練習にも何かしらのフィードバックが出来るはずです。
[撫子]確かにそうだけど……完全な素人とは知識の差があるからな。
[player]受講する人がちゃんと意識して聞くことさえ出来れば、きっと初心者目線でのフィードバックも出来ますよ。
私なりにではあるけど、なかなか客観的なアドバイスが出来たんじゃないか?
[撫子]そうだね……。
画面の向こうの撫子さんはしばらく考え、画面を操作する。数秒後、撫子さんとのチャット欄に位置情報が共有された。
[撫子]そこまで言うなら、PLAYER、あんたが来てくれないか。あんたなら最適だ。
[player]はい?
共有された場所に向かうと、ありふれたビル街に到着した。看板には「バイクカレッジ一飜」と書かれている。
撫子は教習所の入口前で、私に向かって手を振っている。
[撫子]や、PLAYER君。
[player]どうも、撫子先生。私なら絶対来る……とか思ってました?
ビデオ通話で、この後特に予定はないと話したら、「じゃあ入口前で待ってるから」と一言だけ残して通話が切れた。
[撫子]上手く説明できないけど、PLAYERなら来るって思ったんだ。それとも何、あたしの誘いを断るつもりだったのかい?
それはない。
通話が終わった後、何かに駆り立てられるかのようにすぐさま出発したし。
きっと撫子さんの誘いは断れないんだ、私は。
[撫子]フッ、ではPLAYER君、バイクの世界へようこそ。
撫子さんは用意した指導案を持って教壇に立ち、授業を始める。この授業では、バイクの各パーツについて勉強しつつ交通規則も覚える必要がある。
撫子さんが、今回の教習のためにかなり準備してきたことが伝わってきた。一飜市内の交通安全ルールは指導案を見ずに説明して、その後はバイクのパーツや機能についてノリノリで解説している。私もつい熱くなって、一緒に雑談を……
って、違うだろ。
[player]撫子先生、ちょっと待ってください。盛り上がっているとこ悪いんですけど、初心者にこんな話をしてもついて来れないと思いますよ?
[撫子]例えばどんな所が?
[player]さっき「ノッキング」について話してましたけど、それが何なのかをまず説明してあげないと……。
[撫子]最低回転数時でのカラカラ音だって説明したじゃ……
[player]ほら、最低回転数も説明してなかったですよね?
[撫子]あー。じゃあ、そこも説明することにしよう。アイドリング状態での回転数って説明すればわかってくれるか?
[player]「アイドリング」自体についてももっと噛み砕いて話して欲しいかも……。
[撫子]そこから!?
[player]そこは信用してくださいよ。
[撫子]ま、そうだな。あたしは子供の頃からバイクに触ってきたから、こういう用語がどれくらい一般の人に浸透してるのかよくわかってないんだよな…。
[player]だから、一般人である私がここにいるんでしょう?
[撫子]そいつは頼もしいな。
撫子さんと話し合いながら、指導案を見直す。
窓から教室に差し込む日差しが、徐々に傾いて来た。
一般人代表である私のフィードバックを受け、撫子さんは早々に修正の方向性を決めて、真剣に指導案を直し始めた。
撫子さんが設定したアラームが鳴り、そこで私たちはやっと一時限目が終わったことに気づいた。
頭を上げて撫子さんを呼ぼうとしたら、彼女は教壇の後ろに座って真剣に資料に向き合っている。
その姿を見て、私は彼女が作業を終えるまで静かに待とうと思った。
撫子さんはエンターキーを叩き、集中していた表情を和らげた。軽く一息ついて、こっちの方を見て、ちょっと意外そうな表情をした。
[撫子]悪い、少しだけ直そうと思ってたんだが、つい夢中になっちまった……でもなんでわざと黙ってたんだ?
[player]いや、撫子さんがあんまりにも真剣そうだったので、さすがに話しかけられなかったといいますか……。
撫子さんは仕方ないなという表情をした。
[撫子]とはいえ……お前って、やはり存在感無いよな。全然視線に気づかなかった。
……そ、それは私に効くからやめてくれ。
[player]そ、そんなことより次行きましょうよ次、実技訓練もやるんですよね? 楽しみにしてたんです!
[撫子]ああ、やるぞ。あ、実技のコースは屋外と屋内があるけど、あんたは免許持ってるしやっぱり屋外の方がいいよな?
ちょっと屋外に出て、新鮮な空気でも吸いましょう。
簡単に昼食を済ませて、撫子さんが予約していた屋外のコースに向かった。
ここはバイク専用の屋外サーキットらしく、訓練用の道路の周囲にはよく整備された芝生が生えている。景色が良い上に、他の車両が侵入してくる心配もない。
そして今、猛獣の唸り声のようなエンジンの轟音が鳴り響き、黒光りする金属の獣がフィールド上を疾走している。
その猛獣を熟練の技で乗りこなしているのは、今日私をここに誘った女性ライダー・撫子さんである。
[撫子]朝は待たせちまったからな、お返しにあたしの走りを見せてやるよ。
[player]いいね!
十分ほど前、撫子さんはそう言ってバイクに乗った。私としてもそれを拒む理由はなかった。
撫子さんが縫うように曲がりくねったルートをバイクで走破し、最後は綺麗なドリフトを決めて私の前に止まった。ヘルメットを取り、長い髪を後ろに流して、撫子さんは私の方に目を向けた。
[player]おぉ……!
サーキットの周りにいたバイク好きたちの喝采を聞き、私はワンテンポ遅れて撫子さんに拍手を送った。
[撫子]フッ。どうした、ちょっと疲れたか?
[player]撫子さんの走りを間近で見て、正直感動したというか、美しかった……です。
自分の貧弱な語彙力が憎い。
[player]バイクに関しては、たとえ自分がどれだけ頑張っても、撫子さんほど美しく、強くはなれないな……って思いました。
撫子さんはなぜか笑い出した。
[撫子]体を伏せるのは風の抵抗を減らすため、曲がる時傾くのは摩擦を増やして走行を安定させるため。そして綺麗なポーズで乗るのは筋肉を程よくリラックスさせ、長く乗っても疲れないようにするため。どれも美しく見せるためじゃないよ。
[撫子]ま、「美しい」と思ったってことは、あたしがバイクをちゃんと乗りこなせてるってことかもね。対象を完全に掌握してるプロって、オーラがすごくて圧倒されるだろ。
[player]掌握……確かに、カリスマ性を高める一番の方法だってよく聞きますね。
[撫子]あんたはあんたで、雀卓で流れを掴んだ時なんかは周りから注目されてるよ。
[player]え、本当ですか……?
[撫子]あたしが適当に人を褒めるような奴だと思うかい?
[player]……ありがとうございます。そう言えば、午後は実技訓練の基礎をやるんですよね? そろそろ始めましょうよ。
[撫子]そうだね。予行練習だけど、ちゃんと意見ちょうだいよ。
[player]任せて下さい!
実技訓練が始まり、撫子さんは朝よりも更に生き生きと、バイクについて講習を始めた。
訓練のメニューに沿って、一歩ずつバイクに乗るための知識を分かりやすく教えてもらう。彼女の指導通りにバイクに乗り、自転車並みのスピードで直線を走った。これで、初日の実技訓練の目標を達成した。
横で見ていた撫子さんも、嬉しそうに私に拍手を送ってくれた。
[撫子]よく出来たじゃないか、見直したよ。
[player]適当に人を褒めないんじゃなかったんですか。
[撫子]いちいち突っ込むんじゃないよ。さ、次行くよ。
実技パートの完成度はやはり高い。もう少し言い回しとか専門用語について変えれば完璧だと思う。明日の面接も、これでうまく行くはずだ。
最後は今日出た意見について討論して、楽しい雰囲気の中で実技訓練を終えた。
一飜市の中心部に戻ってきた頃には、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
[撫子]もうこんな時間か、早いな。せっかくだ、一杯付き合ってくれないか?
[player]明日は面接当日でしょうが……どうしようかな。