You are here

葡萄棚を見てみる。

jyanshi: 
categoryStory: 

お庭はどこを見てもすばらしいが、一番私の目を引いたのは隅にある葡萄棚だった。美味しそうな葡萄が垂れているのも理由の一つだが、なぜこんな隅っこにあるのかも気になった。 棚の下のベンチに座り、果実の甘い匂いを思い切り吸い込んでいると、英樹が口を聞いた。 [明智英樹]ちょうど今が食べごろですよ。食べてみますか? [player]いいの? 英樹は葡萄を一房もぎり、井戸水で洗い、皿に乗せて戻ってきた。瑞々しい紫の果実に水が滴り、とても美味しそうだ。 一粒つまんで口にすると、スッキリとした甘酸っぱさが口に広がる。清涼感が全身に染み渡り、さっきまでの疲れが吹き飛んだ。 [player]美味しい……。 [明智英樹]祖母が選んで、僕が育てた品種ですからね。子供の頃、何気なく葉を一枚ちぎったら叱られたことがあります。 [player]英樹が育てたの? うーん、庭仕事をする英樹、あんまりイメージ出来ないなぁ。 [明智英樹]今思い出しても大変でした。土を運ぶためにあの道を何往復もしましたし、植えること自体も難しくて。でも、自分だけの葡萄が育てられると思うと疲れを忘れられました。 [明智英樹]その葡萄が、後の僕のトラウマになるとは思いもしませんでしたけどね。 [player]ど、どういうこと? もしかして怖い話? [明智英樹]はい、祖母の、ですが。 葡萄のツルと葉が日差しを遮り、木漏れ日が英樹の顔を照らす。 [明智英樹]昼の間は、このツルたちはこんな風に素敵な日除けになってくれますが、夜にはまったく逆の姿を見せるんです。 [明智英樹]太陽の日差しを遮るように、夜には月の光も遮るので、ここは庭のどこよりも暗くなります。それに、風が吹くと葉っぱが揺れてサラサラと音を立てるので、何かが中にいるように感じられてしまうんです。 [明智英樹]祖母は……おばあちゃんはわざわざそんな暗くて怖いこの場所まで幼い僕を連れて来て、怖い怪談話をしたんですよ。 [player]ええ、こんな場所で怪談話を? おばあさんが? [明智英樹]ええ。大女の妖怪の話を聞いてから、一年くらいは一人で通学するのが怖かったです。 [player]なるほど、だから「おばあちゃんの怖い話」ってことか。おばあさん、英樹が怖がってるって知ってたのかな? [明智英樹]知ってたというより、むしろそれを狙っていたのではと思います。 [player]どういう意味? [明智英樹]父の影響で、僕は子供の頃から周りの人と一定の距離を保つようにしてきました。たとえ家族であっても、です。 [明智英樹]でもおばあちゃんは、家族はもっと仲良くするべきだと思っていました。 [player]あー、おばあさまが怪談話で英樹を脅かしたのは、その心の壁を壊したかったってこと? [明智英樹]そういうことなんじゃないかと。実は、これ以外にもびっくりさせられるようなことがたくさんありました。もしかすると、おばあちゃんはそういうことが好きだったのかもしれません。 [player]そういうのって、例えば……? [明智英樹]……突然ですが、君の肩に乗っている人形、どこで買ったんですか? [player]人形? そんなのどこに…… 本当に突然の話で、自分の両肩を見てみても何のことかさっぱりだ。 怪談の話をしていたせいか、もしかして英樹は私が見えないものを見てるのではと思った。そう思うと、急に背筋が冷たくなって、思わず英樹の手を握った。 [明智英樹]ほら、ここに。 [player]やめてー! 今夜悪夢とか見たらどうする! [明智英樹]はいはい。僕はいつでもPLAYERの側にいるからね、大丈夫だよ。 [player]今の、おばあさんが英樹を慰める言い方? [明智英樹]ええ、おばあちゃんは僕が怖がって手を握ってくるのが好きだったみたいで。高校に上がっても、時々怖がるふりをしておばあちゃんを喜ばせてました。 [明智英樹]もう二度と出来ないと思っていましたが、久しぶりにここで誰かと話せて嬉しかったです。来てくださって本当にありがとうございました。 [明智英樹]思い返せば、君に出会って、二度とはないだろうと思ってたことをたくさん経験してきました。でも意外と悪くなかった。そして今、君に手を握られてようやく気付きました。僕はもっといろんな君を見てみたいし、君にもっといろんな明智英樹を見てもらいたい。 英樹は私の手を握り返して、目を見つめながら言った。 [明智英樹]君に、頼られる存在になりたい。 [player]あの…… [明智英樹]返事は今でなくとも構いません。僕はただ、今の気持ちを知ってもらいたいだけです。 庭を吹き抜ける風は、甘い香りとともに葡萄の葉っぱを揺らした。サラサラ鳴る音は、まるで私のかわりに英樹に答えているようだ。 [明智英樹]この香り……そうだ、花餅を食べませんか? [player]あはは、英樹にしては、話題変えるの下手すぎない? というか、花餅ってなに? [明智英樹]ここのご当地グルメで、花びらをあんに混ぜて作る甘い焼き餅です。 [明智英樹]この街には、エンジュの木を植えると幸運に恵まれるという言い伝えがあるので、夏になるとエンジュのいい香りが街中に広がります。その花びらは、色々な食べ物に使われるんですよ。 [player]そんな言い伝えがあるんだ。じゃあ、おばあさまはエンジュの木も植えたの? [明智英樹]ええ。裏庭に一本あります。見てみますか? [player]そうこなくちゃ。花びらの味も気になるし。 [明智英樹]じゃあ多めに摘みましょう。あ、でもちゃんと洗ってからでないと食べてはいけませんよ。 [player]わかってるって。 英樹は梯子で木に登り、エンジュの花を摘み始めた。その間、私はこのエンジュの樹をじっと観察していた。 さすが明智家の歴史を見つめてきたエンジュの樹、とても大きい。二人で抱えられるかどうかの太い幹は、花のものとはまた違ういい香りがする。 [player]あれ、ここに何か刻まれてる。 幹には見覚えのある模様が刻まれている。確か何年か前の漫画に出てきた、主人公とヒロインが契約をした時の魔法陣に似ている。となると、これを刻んだのは英樹? [明智英樹]よく気づきましたね。こんなのもありましたね……すっかり忘れてました。小学生の頃に秘密の箱をこの下に埋めたのですが、その目印として刻んだものです。 [player]え、タイムカプセル的な? 漫画の真似してやったとか? [明智英樹]その通り、あの漫画の影響です。これを埋めてから、もう十年以上も経ったんですね。 [player]それなら、漫画のストーリー通りに、そろそろ掘り出した方がいいんじゃない? [明智英樹]はは、確かに。では、掘り出してみましょう。 英樹と一緒にせっせと地面を掘ると、すぐにボロボロの金属ボックスが出て来た。 表面の土を払ったが、英樹はなかなか開けようとしない。 [player]私見ないほうがいい? [明智英樹]いえ、見せたくない訳ではないのですが……この中に入れる手紙を書いた時、ちょうど父と仲違いをしていて、後ろ向きなことばかり書いた記憶があって。 [明智英樹]今思えば、あの時の喧嘩の原因は本当に些細なことですが、当時の僕にとってはそれなりに辛かったなと。 英樹はいつも完璧な一面を見せているから、今のような迷いはなかなか見せない。私は手を彼の手に添えて言った。 [player]どんなことが書いてあったって、もう過去のことだから。英樹にとって大事なのは、今を生きることでしょ。 [player]過去の自分を客観的に見つめることで、今本当に必要なことがわかるかもしれないよ。 [player]私の知ってる明智英樹は、こんなどころでモタモタするような人じゃない。そうでしょ? チュンチュンと、私に答えるように梢に留まっている小鳥が鳴いた。英樹はそれを聞き、決心して蓋を開けた。 でも箱の中身は、英樹が言ったような手紙ではなかった。 [player]「私の可愛い孫、英樹くんへ」 [明智英樹]おばあちゃんの手紙……? 「夜眠れなくて庭を歩いていたら、あなたの秘密を見つけてしまいました。勝手に中身を替えてごめんなさい。」 「この箱を掘り出す時、あなたはもう高校生かな、それとも大学生、社会人かもしれないね。もう好きな人は出来た? まだ周りの人と距離を取っているのかな?」 「どんなあなたでも、あなたはおばあちゃんの誇りです。一番聞きたいのは、あなたは今幸せかってこと」 「明智家の後継者になるとしても、別の道を行くとしても、幸せになれるかどうかで決めて欲しい。」 「この手紙を見た君が幸せでいること、そしてこの先もずっと幸せでいることがおばあちゃんの一番の願いです。いつでもあなたを愛していますよ。」 簡潔な手紙だけど、おばあちゃんの孫への愛情と期待が溢れんばかりに詰まっている。手書きの文字を見て、夜更けに孫のことを思いながら手紙を書いた老女の姿が浮かんだ。 [明智英樹]父は、僕を政治家にし、明智家の後継者とするために、子供の頃から厳しく教育してきました。 [明智英樹]でも僕は、本当は、父の期待を重荷に感じていました。 [明智英樹]高校の生徒会長も、今の麻雀部の部長も、本当はやりたくなかった。でも、こういう役目を果たせば、父の教育が成功している証になるから……。 [player]実際、向いてると思うけどね。 [明智英樹]ええ。うまくやれた時は、僕も嬉しかったですが、それを隠してきました。 [明智英樹]他の人に、特に父には知られたくなかったから。でも今、吹っ切れました。 英樹は手紙を折りたたみ、大事に胸ポケットに入れた。 [明智英樹]この手紙のおかげで、僕は気づいたからです。父のためでもおばあちゃんのためでもなく、僕は僕自身のために生きていることに、そして、僕がずっと愛されていたことに。 [明智英樹]今なら、おばあちゃんの質問にこう答えられる。幸せです、と。これからもずっと幸せのために生きていきたい、とね。 [player]おばあさんが聞いたらきっと喜ぶよ。 [明智英樹]ありがとうございます。まあ、おばあちゃんなら、君を家に連れてきたことだけで喜びそうですけどね。 [player]え、それってどういう意味? 英樹は近づいてきて、私の髪についたエンジュの花びらを取ってくれた。 [明智英樹]また一緒に、ここに来ましょう。 [player]うん。 おばあさまが喜んでくれるということだし、ね?