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本物の髪の毛と信じる

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[-] 苑さんは自分の頭を守るように手で押さえながら、もう片方の手でスマホを操作し、高速で文字を入力した。
[苑] 「いつまで引っ張ってるの! 乙女の髪をこんな風に扱うなんて!」
[-] 私は即座に後ずさって謝罪した。
[player] ついさっき、偽物の苑さんに会ったばかりだったので、つい疑ってしまいました……申し訳ありません!!!
[苑] 「次はありませんからね」
[-] 本物の苑さんであることがわかって安心した私は、トランクケースを一個手渡した。ところが、苑さんはトランクケースを引き取ると、すぐさま付近のコンビニに向かって走って行った。
[-] すると、玖辻がコンビニから出てきた。
[元宵] 巫覡さまって、あんな怖そうなお友達がいるのかな? いないと思うけどな~……。
[player] 元宵さんって、つくづくピュアな人ですよね……。
[-] 玖辻はサムズアップすると、笑顔で「苑さん」らしき人物と共に車に乗り込み、去って行った。
[-] ……今更気付いたけど、あの文字で会話するやり方って、玖辻の右腕で変装の達人ことノアさんがいつもやってるやつじゃ……?
しかし、やはりと言うべきか、茶葉護送ミッションは、過酷を極めるものだった。一体どんなことがあったかというと……。
[エリサ] ぽややん! オオカミさんのトランクケースをかじっちゃダメ!
[元宵] 羊料理も、しばらく食べてないなぁ……。
[player] 元宵さん、ぽややんは食べちゃダメですよ!
[五十嵐陽菜] 猫ちゃん! それはマタタビじゃないよ、はやくペッてして!
[player] ……あのさ、 この猫ちゃんがどうやってその肉球でトランクケースを開けたのか、もう一度説明してくれる……?
[元宵] わぁ~! ここまでまるまるとした茶トラ、初めて見た! 可愛い~! よしよーし。
[player] 元宵さんも、猫ちゃんと遊んでないで手伝ってください!
[イブ] ご安心を。あなたたちが人を追っている間、このトランクケースに触れた人はいません。
[player] イブさん……ありがとうございました! でも、あれ? なんだかトランクケースから独特な匂いが……?
[イブ] あぁ、さっき買った臭豆腐大福が見当たらないと思っていたのですが、トランクケースの下敷きになっていたんですね!
[元宵] 急いでいたせいで、下に物があることをよく確認せずに置いてしまいました。申し訳ありません……。
[player] そんなことより、茶葉に臭豆腐の匂いが染みついちゃうよ……あーあ。
[元宵] ほ、ほら、スペシャルブレンドとして売り出せば、刺さるお客さんもいるんじゃない?
瞬く間に半日が過ぎた。
[-] 最後に、なぜか取材しに来ていた寺崎千穗理を巻きながら、私と元宵さんは「竹雲」裏庭の壁を乗り越えて中に入った。
[-] 裏庭に着地すると、非名さんが座っていた。彼は亭で茶壺を手に茶を淹れており、私達が侵入してきたことにも特に驚いてはいないようだった。
[-] 隣に座る梅さんも、ボロボロになった私と元宵さんを見てもふっと微笑んだだけで、笑いを堪えているようだが特に驚いた様子はなかった。
[梅] 元宵さん、一緒にあちらでサンプルの確認にお付き合いいただいてもよろしいでしょうか。
[梅] PLAYERさんは、ひとまずここで待ってて。ついでに、こちらのお客様をもおもてなししておくこと。
[-] 梅さんと元宵さんが去ると、広い庭には私と非名さんが残った。
[-] 沈黙を打ち破ろうと、私は勇気を出してとある質問を投げかけた。
[player] 非名さん、この前うちの社長に出したのは、いったいどんなお茶だったんですか?
[-] 非名さんはすぐに答えることはせず、茶杯に入っていたお湯を捨て、白湯を注いで私に差し出した。
[-] 飲めということなのだろうか……。非名さんの表情からは何も読み取れない。もしかして、この白湯に何か秘密が……?
[-] 私は軽く一口飲んでみた。
[player] ……やっぱりこれ、ただの白湯じゃないですよね?
[-] 非名さんはかぶりを振ると、自分の茶杯にも白湯を注いだ。
[非名] おたくがそれを白湯やと思うんやったら、ただの白湯ちゅうことになります。お茶やと思うんやったら、やっぱりお茶になります。
[player] そんな非科学的な……。
[非名] ふっ、白湯もお茶も、ただの呼び方に過ぎまへんよ。これは科学的かどうかやなしに、おたくの意識の問題ですわ。おたくがそれを飲む時、何を見て、何を感じ、何を意識して、どうあるべきや思てるか……それによって、呼び方が変わる。そないなもんなんです。
[player] ……では、南社長はその時、何を見たのでしょうか?
[非名] それこそ、本人に問うべきとちゃいますか。うちは彼女やありまへんし、どないなもん見たんかなんて、わかるはずあらしまへん。
[非名] もしくは……
[-] 非名さんは指で茶杯をつつきながら、私の目を見据えてこう言った。
[非名] いつか、おたくが「迷蝶茶楼」の三階に招かれるお客様にならはったら、自然と答えがわかるやろね。
[-] 「迷蝶茶楼」の三階……。ふと、以前に玖辻とした会話を思い出した。
[player] 一飜市の情報組織って、「ストリクス」以外にもあるんですか?
[玖辻] そいつは旦那が「情報組織」をどう定義してるかによるなァ。情報を売買するだけで「情報組織」としていいんなら、「迷蝶」もそうかもしれねぇ。
[player] 「迷蝶」……?
[玖辻] 「無双街」にある茶楼だよ。噂じゃ、そこの三階に行った客はみぃんな、魂を抜かれたみてぇになって出てくるっつー話だ。何か、見てはならないモンでも見ちまったんだろうなァ。ま、旦那ともあろうお方が、ンな話を信じるとは思わねぇが。
[玖辻] ……つーか旦那、まさか同業他社に乗り換えるってんじゃねぇよな!? 俺に何か不満でもあんのか、あァ?
[-] そんな話もしたなぁ……などと思いを馳せていると、非名さんが古風な茶具の中から使用感のない茶杯を一つ取り出し、私に差し出した。
[非名] この茶具一式は「迷蝶」秘蔵の品で、今まで長い時を「迷蝶」と共に過ごしてきたもんです。「迷蝶茶楼」とおたくとのご縁を記念して、こちらの茶杯を一つ、おたくに差し上げます。また今度、縁あってお会いできる時を楽しみにしてますで。
[-] 私は恐る恐る、その高価そうな茶杯を受け取った。
[player] こんな貴重な物を……手入れが行き届かなくて、価値を損なってしまったらどうすれば……
[-] 非名は微かに微笑むと、袖を翻し、去り際にこう言った。
[非名] これは「ご縁」のしるしやさかいね。どう扱おうてもかまへんよ。
非名さんは、残りの茶具を片付けると去って行った。貴重な茶杯を抱えてぽつんと座っていると、元宵さんがプリプリした様子で戻ってきた。
[元宵] お人好し君! 僕達の努力がぜ~んぶ水の泡になっちゃったよ!
[player] 何があったんですか? 茶葉に問題があったとか?
[元宵] 茶葉じゃなくて、うちの店長が問題だったの! あの人、今日の朝、誰にも何も言わずに、自分でサンプルを持って来てたんだって!
[player] えっ、じゃあ私達が運んだのって……?
[元宵] どれも、そっちのボスが個人的に注文したお茶だった。確かにうちの商品の中でも高価なものばかりだったけど、こんな大げさなやり方しなくたって良かったのに!
[元宵] っていうか、そういうことなら早く言ってよ! も~!
[-] だいぶお怒りの様子の元宵さんをなだめようと、私は軽く肩を叩いた。
[player] まぁまぁ、少なくとも報酬はもらえそうですし、何を運ばせるか決めたのは店長さんですから。深刻に考え過ぎないようにしましょう。
[-] 元宵さんは、意味ありげな視線を送ってきた。なんだか、憐れみを感じる視線だな……。
[元宵] ありがとう。……でもね、南さん言ってたよ。今回仕事中に出た損害の分は、君の給料から引くって。
[player] ……あれ、なんだか目の前が暗く……。
[元宵] あれ? お人好し君!? 深刻に考えないようにするんじゃないの!?
[元宵] お人好し君、お人好しくーーん!
しるし入手:非名から贈られた茶杯