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みんな、こんにちは

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みんな、こんにちは。絶好の麻雀日和だね!
にこやかでフレンドリーな笑顔、ハキハキとした挨拶。朗らかなオーラとともに、魂天神社の対局室に足を踏み入れた。たっぷり惰眠を貪った後は、猫や犬をモフりながら麻雀をし、個性的な雀士達と交友を深める……という充実した一日を送るつもりだった。
ところが、風が吹いてそうな卓につき、同卓の三人に挨拶すると、なんだか少し変な空気だ。仲間達は示し合わせたかのように手を止めた。
そうだ、宿題やんねーと。ごめん、行くわ。
ちょ、一緒にやろーぜ。ごめんけどオレもこれで……
ふぅ……それじゃ僕も。
ちょ、ちょっと三人とも! 待って、そんなスタスタ行っちゃうことある? いい歳して思春期ど真ん中の中学生みたいにさあ!!!
三人はいなくなってしまった。
仕方なく、周囲のまだ席が空いている卓に目を向けた。周りの雀士達は、さっきまでこちらを興味津々に眺めていたくせに、いざ私と目が合うと揃って下を向いてしまう。牌山を見つめてじっと考え込む様は、担任から指されるのを恐れる生徒のようだった。
ご主人、哀れにゃ。誰にも相手してもらえないのにゃ。ワン次郎、何かいいアイデア出せにゃ!
「今日は正真正銘三上千織と一緒じゃありません」とデコにでも書いとけばどうだワン。
ご主人、どうにゃ?
ハイハイ、使えないアドバイスどうも。この感じだと、ふたりに付き合ってもらうのが良さそうだな……
……って、ちょっと! ワンちゃん!? ネコちゃん!?
犬と猫の軍師コンビが速攻で消えた。
はぁ……まぁ、彼らを責めることは出来ない。今日こんな調子になっているのは、このところ私にべったりなあるお嬢様のせいなのだから。
先日千織と仲良くなってから、千織の私を見る目は次第に「庶民」から「面白いおもちゃ」を見るそれへと変わっていった。はっきりそう言われた訳じゃないけど、態度が物語ってる、間違いない!!!
それからというもの、ボードゲームや麻雀、ごく普通の大富豪に至るまで、私が何かゲームをしている所には必ず千織が現れるようになった。それに従い、彼女の目標は「スマートにゲームに勝つ」から「相手、特にPLAYERを出来る限り痛めつける」というものに変わったようだ。
そうこうしているうちに、巷では「私がいる所には、金髪のお嬢様が現れて格下をいたぶる」という噂が囁かれるようになった。そのせいで、私は高頻度で対局相手を捕まえられない事態に見舞われるようになってしまったのだ。
私は再び三方向の空席を見つめた……まあいいさ、千織が来るのを待ちながら、他の相手を探そう。他じゃともかく、一飜市じゃ友達は多い方だしね。
……
どんな感じ?
私はスマホを置いて首を横に振り、二人に悪いなあと思いつつ誰も座っていない対面を見た。
同卓者三人のうち二人は早々に捕まえられたが、今日に限って千織がまだ来ない。
普段ならもう来てる時間なのに、九条さんまで連絡がつかないなんて、変だなあ。
いつも一緒の二人が今日は別々なんて、意外ね、うふふ。
うーん……正直私も意外に思ってる。
後輩クン、もしかしたら、知らないうちに怒らせるようなことしちゃったんじゃない?
そんなことしてない……多分。
とは言ったものの、最近よく理由もなく千織に蹴られていることを考えると、ないとも言い切れないような。
ふふ、顔に心配だって書いてあるわよ。あなた、私達のことはいいから、今日のところは様子を見に行ってみたら?
え? でも二階堂さんも白石さんもせっかく待っててくれたのに……
そうね、だから、まずは千織ちゃんのご機嫌を取って、それから私への埋め合わせをどうするか考えてちょうだい。しっかり「誠意」を見せてくれなきゃ、ただじゃおかないわよ。
あははっ、ウチはへーきだよ。またウチと友達に飲み物奢ってくれればオッケー! 安心して、ちゃんと人数が多い部活の助っ人する日を選ぶから。後輩クンは現場でお金払ってネ!
あ、あはは、……はぁ。わかった。じゃあ今日は悪いけどこれで、また今度誘うから!
これでまた約束が一つ増えた。一飜市に住んでると、ほんっとスケジュールがすぐギチギチになるんだよな。それはともかく、心配の種を除く意味でも、やっぱり千織に会いに行こう。
千織の家は、一飜市内の風光明媚な高級別荘地にあった。ここへ来るのは初めてではないが、来る度にセレブな雰囲気に圧倒されてしまう。例えば、千織の家の近くには私の動きに合わせて動くカメラがある、とか。先日の不審者騒動で、セキュリティシステムが更に強化されたようだ。
この状況で、何か起きることはないはずだけど……まさか、本当に知らないうちに怒らせるようなことしちゃったのかな?
私は千織の家の玄関前まで行き、インターホンを鳴らして大人しく待った。
程なくして、インターホンの付属カメラのランプが緑に点灯した。誰かが来客を確認しに来たってことだ。しかし妙なことに、相手はインターホンに出ておきながらずっと無言でいる。
変だなと思いながら、カメラに向かって手を振ってみた。
千織? 九条さん?
「プツッ」
問いかけに応じたのは、インターホンが切れる音だった。
???
まさか……本当に何かあったのか?
高級住宅街の大きな別荘に、両親が常に家を空けているせいで一人暮らし状態のお嬢様と、そのお嬢様のお世話をしているただ一人のメイド。もしこういう設定のコンビがあのダークヒーローが活躍するゴッパー・シティにいたら、とっくにあらゆる犯罪組織から狙われていただろう。様々な犯罪行為が頭をよぎり、通報しようかと考えた。
その時、ガチャッとドアが開いた。
……
PLAYER、こんにちは。千織に何かご用?
……
ドアの奥から出て来た千織は元気そうに見える。しかし……千織のこの明るさ、昼に私が同卓者を引き留めるために明るく振る舞った時とそっくりで……なんだか妙だぞ!
千織、大丈夫?
え? 自分の家で何か起きるわけないでしょ? あはは、PLAYERは本当に冗談が好きね。
……
遊びに来たんなら、悪いけど今日は都合が悪いの。また今度でもいい?
変だ、お行儀が良すぎる。何もないようには見えないな。
……ほら、か・え・っ・て?
千織は少し焦った様子で私に詰め寄り、低い声でそう言った。普段私をいたぶる時のあの表情で、九条さんのように拳を掲げている。
おぉ、いつもの千織だ! 安心した~。どうやら、本当に私に言えない何かで忙しいみたいだ。
そっか、何もないならよかった。じゃあね。
うん、またね、PLAYER。気をつけるのよ。
去ろうとしたその時、聞き覚えのない大人の女性の声が中から聞こえてきた。
千織、お友達?
私はまさかと思って振り返った。千織の頭越しに、部屋から顔を出した品のある服装の女性が見えた。
女性の髪は、千織と同じ輝く金色をしているが、肩で切り揃えて耳にかけている。その髪型もあって、落ち着いた知的な女性という印象を受けた。
こんにちは、はじめまして。千織の母です。
……はっ、こんにちは!
千織の家
繊細なスイーツと淹れたてのコーヒーが並んだ見事な装飾のトレーを、千織自ら私の席まで運んでくれた。
どうぞ。お砂糖、ミルクはカップの横よ、好みに合わせて入れてね。
ンンッ……千織、ありがとう。
ドウイタシマシテ。
少女のやや固い笑顔と甘い声とは裏腹な、人を殺しかねない眼差しを受け流し、千織が私のために丁重なおもてなしをしてくれたシーンを写真に収めたい衝動にかられた。……隣に千織のお母様が座っていなければ、恐らくそうしていただろう。
私は気持ちかしこまってソファーに腰かけ、これまで千織から聞いていた母親に関する情報を脳内で素早く整理した。一年中世界を股にかけて活躍する優秀な外科医で、物理学教授の夫、つまり千織の父と同じく多忙のため、やむをえず娘をメイドに預けているキャリアウーマン……
そんな彼女が、まさか今日家に帰って来ていたとは。どうりで千織が現れないわけだ。
あなたは千織と仲のいいお友達のようね。なんとお呼びすればよろしいかしら?
お母様の質問に、私は慌てて背筋を伸ばした。簡単な自己紹介の後、今日家を訪ねた理由について説明した。
そうだったの。千織のことを心配してくれてありがとう。今日、千織はあまりスマホを見なかったし、璃雨ちゃんもメイド特訓クラスの追試があるとかで、私も連絡が取れないし、会えてもいないのよ。
そうだったんですか……これですっきりしました。
心配かけた上に、わざわざ足を運んでいただいちゃって……。
いえいえ、友達として当然のことです。こちらこそ、急に押しかけて、親子水入らずの時間を邪魔しちゃったみたいで……。
ふふ、いいのよ。千織のお友達と会えて嬉しいわ。実はね、前に帰ってきた時は璃雨ちゃんとばかり一緒にいたのに、こんなに仲のいいお友達が出来たとわかって、正直驚いたのよ。千織、どうしてお母さんに教えてくれなかったの?
……べ、別に言う必要なかったし、特に仲がいいわけでもないし、ただの……
へ……?
へ……?
……ただの仲良しの友達なの。でも毎日一緒にいなきゃいけない関係じゃないわ、そこは絶対違うから!
千織母はあらあらといった感じで私と千織を交互に見た。にこやかな表情ではあったが、彼女の視線に身体の奥まで見透かされたような錯覚に陥った。
ふーん……つまり、「いなきゃいけない」ってルールはないけど、結局は毎日一緒にいるってことね?
……
……
間違ってはいないけど、その言い方だと何か語弊があるような。私と千織はぐっと押し黙り、そわそわしながら千織母を見た。
ふふ、そう緊張しないで。千織に新しいお友達ができて嬉しいのよ。でもね、千織とお友達がどんなことをして過ごしてるのか、なかなか知る機会が少なくて。PLAYERさん、よければ教えてくださらない?
えっ?
もちろん、話せる範囲でいいわよ。全てが二人だけの秘密って訳でもないでしょう?
あ、も、もちろんです……
話の調子を合わせながら、何を話すべきか考えていると、不意に千織母のスマホが鳴り出した。
ごめんなさい、電話に出るわね。
千織母は立ち上がり、隣のダイニングに向かった。静かになったリビングに、彼女の話し声が聞こえてくる。
もしもし……今日は休みです。うん……うん……無理です。休暇中ですので……
ソファーに納まった千織の視線が、電話中の母を追っている。電話の内容を聞いてとりあえず仕事に戻ることはなさそうだとわかり、少し安心したようだ。こちらを向くと、小声ながらツンツンした声で真剣に忠告してきた。
お母様に何か聞かれた時、バカなこと言ったら許さないから!
チクられるのが怖いの? 普段あんな所業しといて?
私もホッとひと安心し、小声で反撃した。
千織が何か言いかけた時、千織母が戻ってきた。再び席につき、わくわくといった感じで私の話を待っている。
その隣には、警告するような眼差しで私を見る千織。どうやって話そうかな?