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他の大道芸を探してみる

jyanshi: 
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影絵芝居がなかなか良かったこともあり、他の大道芸にも興味が沸いたので、英樹と二人で見て回ることにした。 竹馬に乗る人もいれば、火吹きのパフォーマンスをする人もいる。ここはまるで商店街の中にサーカスが潜んでいたかのように、どこを見ても楽しい。 [player]今弟子にしてくださいって言ったら、弟子にしてくれるかなあ。 [明智英樹]皆さんは、長い間練習してきたからあのようなパフォーマンスが出来るんですよ。「櫂は三年櫓は三月」と言いますし、仮に今修行を始めたら、向こう3年は一飜市に戻れないことになります。 [player]じゃあやっぱり無理かぁ。 [明智英樹]民俗芸能に興味があるということでしたら、簡単なものを体験出来ますよ。 [player]おお! どんなの? 英樹は目で前方を示した。そこを見ると、平凡な中年の男が店の前の椅子に腰掛け、扇子で扇ぎながら目の前を通る大道芸人に拍手を送っている。 英樹に示されなければ、私はきっと彼のことをただの休憩している観光客だと思っただろう。 店に近づくにつれて、墨の香りが漂ってきた。ローテーブルの上に敷かれた画仙紙や、その横に置かれた墨が、ここがどんな店であるかを物語っている。 [player]その場で描いてくれるの? デジタルアートが主流になりつつある今だと、結構珍しくなってきたよね。 [明智英樹]「描く」というより、「吹く」の方が正確かもしれません。 [店主]ほぉ、若いのによくご存知で。 英樹の言葉を聞き、店主は身体を起こしてあくびをした。彼は咥えタバコのまま、私たちの方にぶらぶらと歩いてきた。 [明智英樹]店主さん、「清韻館」出身の方でしょう。祖母はあの道館の作品が一番のお気に入りで、昔は毎年新作を買っていました。 [店主]道理で詳しい訳ですわ。 [player]清韻館って、さっきの電子看板にあったやつ? 絵師ごとに異なる技法で絵を描くのがウリの。 [店主]そんなとこでも宣伝してるんだなぁ。うちは、墨を紙に吹くことで絵を書いてんですよ。 [player]筆は使わないんですね。 [店主]そうさ。人間は昔からいろんな方法で絵を書いてきた、手、石、骨……筆がなければ絵が描けないって訳じゃないんですよ。 私たち二人が興味津々な様子を見て、店主さんが描いているところを見せてくれることになった。彼は髪の毛を後ろに流し、さっきと比べてキリッとした顔つきになった。どうやら描く準備が出来たようだ。 流れた墨は意思があるかのように、彼の吹きかけた息に乗って四方八方に散っていく。段々と白い画仙紙の上に独特な絵が浮かび上がってきた。 [player]見た感じ簡単そう……。 [店主]フハハハ。そう、なんも難しいことなんかありゃしません。お二人も試してみたらどうです? プレゼントとしても好評らしいんだよなこれが。 [player]ええ、今からですか? でも絵を描くのって、こう、デッサンとかから始めないといけないんじゃ……? [店主]そんな堅苦しいことはせんでもいい。大事なのは、上手さより心。心を伝えられれば、それはもう十分完璧な絵なんですわ。 [明智英樹]初めてなので、どうかご指導のほどよろしくお願いします。 [店主]あぁ、もちろん。毎度どうも! [店主]いいぞ、こっちの方にも吹いて……上手い上手い! どうだ、簡単だろ? 見てるぶんには簡単そうだけど、実際にやってみると意外ときつい。ひたすら息を吹きかけるので、酸欠になりかけている。店主さんの指示通りに吹いて、私は梅の花らしきものを描けた。 [player]簡単とか言ってすみませんでした……! [明智英樹]初めてやったにしては、なかなか良い出来栄えではありませんか? ここの弟子になれば、すぐ吹絵の名手になれるかもしれませんよ。 一枚書いただけで疲れ切っている私の横で、英樹は大真面目に絵を評価している。いやいや英樹サン? そんなこと言われたら、私、浮かれちゃうよ? [player]店主さんも英樹くんのように優しかったら、もっといい絵になったんだけどね。でも店主さん私の方ばかり指導してて、英樹くんにあまり教えてなかったよね? なんかごめん。 [明智英樹]そんなことありません。僕も横で見ながらたくさん勉強出来ましたし、店主さんも熱が入ったんでしょうから。 [店主]聞こえてるぞぉ~! こそこそ店主の悪口を言ってたら、店主が怒ったフリをしつつ笑った。そんな店主さんの機嫌を取るため、私は必死にごまを擦った。 [店主]いいのいいの、気にしてませんって。また今度二人で遊びに来てよ。……って、お兄さんのやつ、だいぶよく描けてたじゃない。 持ってかないんですかい? 店主が英樹が座っていた席の傍に立って言った。そう言えば英樹はどんな絵を描いたんだろう、まだ見てなかったわ。 [player]どんなの? 見せて見せて。 [明智英樹]そ、それは……。 テーブルの前に行くと、画仙紙の上には、笑顔の人が描かれている。抽象的ではあるが、この人物は恐らく私だ。 絵を見られるのが恥ずかしいのか、英樹が慌てて追いかけてきた。 [明智英樹]すみません、つい描いてしまいました……。 [player]英樹の中の私って、こんな感じなんだね。 [明智英樹]いえ、違います。僕の画力が足りないんです、本物の君の方がずっと素敵です。 [player]この絵だって十分素敵だよ。私、これ好きだな。もらってもいい? そう聞くと、英樹は笑ってくれた。店の外、エンジュの花の香りに満ちた白い路面が眩しい日差しの下で輝いているが、この英樹の笑顔の前ではそれも霞む。 英樹は私のことを見つめながら、その絵を丁重に私に手渡した。 [明智英樹]では、どうぞ。でも、次はもっと素敵な絵を書いて見せますから、その時はそちらも受け取ってくださいね。 こんなとこまで完璧主義を貫かなくてもいいのに、と言いかけたが、彼に次の約束をしてもらえた嬉しさが勝った。 [player]もちろん。約束だね。 [店主]お二人を見てたら、おじさんの方までぐっときちゃったよ。その絵、仕立ててあげよう。もちろんお代は無くていい。出来たら家に送るから、住所書いといてよ。 [player]墨も紙も店主さんのものを使わせてもらったのに、装丁や送料までタダなんて……失礼ですけど、経営は大丈夫ですか? [店主]なあに、若い人に心配されるほど困ってやせんよ。そもそもこの店も、吹絵を売るというより、見せるために開いたんですから。 [店主]それと、キミのおばあさんへのお礼というのもあります。道館が今でもやっていけてるのは、今の年配の方々のおかげと言っても過言じゃない。ありがとうって伝えといてくださいよ。 [明智英樹]こちらこそありがとうございます。必ずお伝えします。 店を出て、お腹が空いたことを英樹に伝えたら、飲食店エリアに案内してくれた。空腹が満たされたところで、ベンチに座って休むことにした。 [player]やっと座れたー! ふぅ……。観光って体力使うよね。こういう時、観光地に住んでいる人が羨ましくなるよ。毎日こんな楽しいことを体験出来るんだもん。 [明智英樹]そうですね。しかし、こんな古い街も、すっかり観光地になりましたね……。 [player]あれ、昔からよく来てた町なんだよね? [明智英樹]そうですが……。大学に入ってからはあまり帰れてなくて、ここまで発展してたことも知らなかったので。 英樹は目の前の賑やかな道路を見ながら、ちょっと寂しそうに言った。 [明智英樹]この道も、昔は舗装なんてされていませんでした。車が通る度、砂を巻き上げていましたよ。 [明智英樹]あの頃は、何人かで集まって、あのエンジュの樹の下でよく麻雀をやってました。人が多い時はお店の椅子を借りて、座って観戦しながら順番を待ったりもしました。 [player]すごくのどかな感じだね。 [明智英樹]ええ。だからここを観光地として開発するという話が来た時はみんな嫌がりました。そういうのどかな日常が無くなってしまうのではと。 [明智英樹]でも発展は必要ですし、発展には何らかの犠牲を伴うものです。 エンジュの樹を見ると、その下には大きな電子看板が立てられ、マップと広告が代わるがわる映し出されている。 英樹も同じ方を見ているが、彼の目に映るのは大勢の観光客か、それとも昔の景色か。 [player]たとえ町が変わっても、英樹が過ごした楽しい時間はきっと消えないよ。いずれここにも高いビルが建てられるかもしれないけど、英樹が忘れない限り、ここはずっと君の故郷だよ。 [player]温かい思い出も、楽しい思い出も、いつまでも君だけの宝物だよ。 [明智英樹]僕だけの宝物……ですか。 英樹が私の言葉を繰り返す。瞳に再び光が宿った。 [明智英樹]そうですね。過去に囚われてしまうところでした、今を生きなければいけないのに。 [player]うんうん、現実に戻れてえらい! じゃあ、ここのことを忘れないために、二人でもっと楽しい思い出を作ろうか。 [明智英樹]賛成です。そうですね……一軒だけ麻雀会館があるのですが、そこに行きませんか? ふと麻雀したくなりまして。 [player]えぇ? 今? [明智英樹]今。PLAYERさんにも、ここの楽しい思い出を作っていただきたいので。であれば、麻雀しかないかと思いまして。 [明智英樹]小さい会館ですけど、打ってる人は結構手ごわいですよ。 [player]私のことなんだと思ってるんだ……。でもその案に乗った! 全力で勝ちに行くからね。 それからずっと先の未来でも、今回の旅行で見た英樹の笑顔と、最後に和了した九蓮宝燈を思い出すことになるとは、 このときの私は知るよしもなかった。 英樹と同じように、私も私だけの宝物を手に入れた。