一ノ瀬くんにクラスメイトに連絡するようお願いする。
[player]さっきお姉さんにしか連絡してなかったでしょ、クラスメイトにも連絡してみたらどうかな?中学生なんだし、脱出ゲームに興味ある人も結構いるでしょ。
一ノ瀬くんにはその発想が全く無かったらしく、虚を突かれた様子でキューブをぐっと握りしめた。
[一ノ瀬空]ゴホッゴホッ、で、でも僕、みんなのことまだよく知らないっていうか…
[player]え?クラス替えから結構時間経ってるはずなのに……?何かあったの?
[一ノ瀬空]実はボク……えっと、今学期はじめの二週間を病気で休んだら、クラスではもう友達グループが出来てて…。
[一ノ瀬空]学校の行事はクラスのみんなと一緒にやったりするけど、僕が時々休むせいで、僕が担当してることも他の人を頼らないといけないし……みんなに迷惑をかけてる自覚はあるんだ……。
[player]んー……。で、自分は迷惑なやつだからと思って、みんなとも距離取ってる感じ?
[一ノ瀬空]コホコホ、そこまでじゃないけど……とにかく、学校のみんなと一緒に過ごした時間がまだ長くないっていうか……なんなら、今学期新しく来た先生は僕の名前すら覚えてなくて……。
一ノ瀬くんの声がだんだんと小さくなっていく。学校での人間関係がうまく行ってないことを気にしてるんだな。
[一ノ瀬空]だから……その……そんな僕がいきなり脱出ゲームに誘っても、みんな戸惑うだろうなって……。
[player]でも、一ノ瀬くんはみんなと友達になりたいんでしょ。いつまでも待ってるだけじゃ、こういうチャンスは滅多に巡って来ないよ。もしかしたらクラスのみんなも君と仲良くなるきっかけを探してるかもしれないし、とりあえず誘ってみたら?
[一ノ瀬空]……
一ノ瀬くんはしぶしぶスマホを取り出して、真剣な顔つきでメッセージを入力し始めた。そして震える手でクラスのチャットグループに送信した。一ノ瀬くんは努めて平静を装っているが、ぐぐっと小刻みに震える眉の動きで、すごく緊張しているのがバレバレだ。
目の前のミルクティーからふわりと香りが立ち上り、窓から入ってきた日差しのように温かい。そんな中、返信を待っている一ノ瀬くんは下に視線を向けたまま、寒そうに小刻みに震えている。
ブブッ。
どうやって一ノ瀬くんを慰めようを考えていると、一ノ瀬くんのスマホの通知が鳴った。一ノ瀬くんはロックを解除して内容を確認し、驚きを含んだ笑顔で私に画面を見せた。
【グループ】江山(ガチャ爆死なう):脱出ゲーム!めっちゃ行きたいけど持ち合わせが…来週だったら絶対行ける!来週また行こ!//n【グループ】涼宮【KR-976】:ログ記録。午後2時23分、キーワード「リアル脱出謎解きゲーム」を検出。
【グループ】ナタリー:あの新しいやつ?隣のパンケーキ屋がすっごくおいしいらしいね!//n【グループ】江山(ガチャ爆死なう):やめろ、その話は俺に効く//n【グループ】江山(ガチャ爆死なう):てか今パンケーキの話じゃないが!?
【グループ】茂武:はーいはいはい!ちょうどアーミン…あ、明のことな。あいつと行こうとしてたとこ!俺ら入れたらちょうど4人じゃね?//n【グループ】茂武:@一ノ瀬空 秀才クン!俺たちと行こーよーー!//n【グループ】明:モブ、テンション抑えて
通知が鳴り続ける。もう少しで件数が99+まで溜まりそうな勢いだった。
[player]なにぼーっとしてんの、早く返事しなきゃ!
[一ノ瀬空]コホコホ……!う、うん!
一ノ瀬くんは指を素早く動かし、クラスメイトとチャットを始めた。具体的な内容はわからないが、彼の表情からしていい感じだとわかる。
[一ノ瀬空]茂武くん達が、今映画見終わったとこで、こっちに向かってるって。三十分くらいかかるから、もう少しここで待とう。
[player]オッケー!丁度良く座ってられるし、脱出ゲームのために体力温存しとこう。
[一ノ瀬空]うん!
[player]お、注文の列が短くなってきたね。一ノ瀬くんも何か注文したら?
[一ノ瀬空]そうする!
[player]ドリンクメニュー見てみて。スイーツも色々あるな……ティラミスとパンケーキ、どっちがいい?
[一ノ瀬空]どっちでもいい!!
大好きな脱出ゲームだからか、クラスメイトと友達になれるチャンスに恵まれたせいか。
こんなにもハイテンションな一ノ瀬くんは始めてみたかもしれない。
約束の時間の約十分前に、一ノ瀬くんとシアターの前に到着した。スタッフとどの脱出ゲームの公演に参加するか決めて、入口前の待機ロビーで一ノ瀬くんのクラスメイトを待つことにした。
間もなく、一ノ瀬くんと同じ制服の男子生徒二人の姿が目に入った。青露中学校の生徒はみんな制服を着て外出するのかな……。わかりやすいからこっちは助かるけどね。
[player]一ノ瀬くん、お友達が来たよ。
[茂武]お、秀才クンじゃーん!待たせてごめんな!
[一ノ瀬空]ううん。えっと、こちらはPLAYERさん。今日一緒に脱出ゲームに参加してくれる。それから、こちらは茂武くんで、こちらは明くん。二人ともボクのクラスメイトだよ。
[player]どうも~。
[明]ど、ども……
[茂武]おっ、こちらが噂の友人さん……!よろしくお願いします!てかさ、俺脱出ゲーム初めてなんだよな。下手でも笑わないで欲しいんだけど……。
[player]私たちも初めてだし、助け合っていこう。
あいさつを交わし終えたら、何故か場がスッと静かになった。少年たちは気まずそうに笑っていて、なんとなく動きもぎこちない。
クラスメイトとあまり交流が出来てないとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかった。これじゃまるで初対面みたいじゃないか。
[店員]お客様、もうお揃いでしょうか。でしたら「異世界神社」のご用意が出来ましたので、こちらへどうぞ。
[茂武]はーい、揃ってまーす!さっそく始めようぜ!
[店員]はい。それでは、お荷物はこちらに預けて頂き、目隠しをしてください。まもなく異世界への旅が始まります。今回の旅は全7部屋、今までの最速記録は46分34秒です。
スタッフさんから目隠しを受け取り、一瞬嫌な予感がした私はスタッフさんに聞いてみた。
[player]これ、着けなきゃダメ?
[店員]ゲーム演出を存分に体験していただくために、今はぜひご着用ください。
無情にも光が奪われ、私はスタッフさんの誘導でひたすら前進した。茂武くんが誇張抜きで泣きながらついて来る声を聞いて、私もスタッフさんも思わず笑った。
[茂武]アーミン、アーミンどこ?うわぁああーっ!誰か喋ってー!助けてー!!
[明]……モブ、ここ。
[一ノ瀬空]PLAYERさん……そこにいる?
[player]いるよ、大丈夫。
[一ノ瀬空]うん……。
スタッフさんの足音が遠のいていき、シャキーンという効果音が私たちにゲームの始まりを告げた。
目隠しを外すと、奪われた視界が戻ってくる。どうやら、私達は和室の縁側に立っているようだ。木製の屋根と床、庭には池と橋、その綺麗な景色は想像していた脱出ゲームとはまったく違うものだ。
[player]なんだここ……庭の配置も、部屋の装飾も、魂天神社の客室と全く同じじゃないか。なんなら匂いまで再現されてるし、デザイナーさんすごくこだわって作ったんだろうな。
[player]今この場に一姫とワン次郎が出てきても不思議じゃないくらいだ。
[一ノ瀬空]ここのオーナーは、以前インタビューで、公演ごとに実際にロケハンしてから作ってるって言ってたよ。参加者に限りなくリアルな体験をして貰うために、大金と長い時間を費やしたって。
[player]以前のインタビューって、一ノ瀬くんは前からここのこと知ってたの?
[一ノ瀬空]いや、さっきここに関するニュースを調べただけだよ。そういう情報も、クリアするために使えるんじゃないかと思って。
[茂武]なあなあ、これっていわゆる嵐の前の静けさってやつ?俺たちが油断したタイミングで、邪神とか闇の巫女さんとか出てこない?
[一ノ瀬空]この「異世界神社」は謎解き寄りの公演だから、そういうのはあんまり出てこないと思うよ。
[茂武]そ、それなら良かった。じゃあ何すればいい?とりあえず手がかりでも探すか?
[player]怖い要素がないって聞いた途端に元気になったな。
[明]……それは。
[player]ん?どしたの?
三人がアーミンこと明くんに目を向けると、明くんは言いにくそうに少し躊躇ってから話を続けた。
[明]……それは、モブが怖がりだから。暗いところも、高いところも、水辺もおばけも苦手……。
[茂武]あのさ……ちょっとくらいメンツを立ててくれよ……。
美しい景色が少年たちの緊張を解いたのか、一ノ瀬くんもほのぼのとした空気の中で、謎解きのことも忘れて雑談に加わった。
[守護者]ふぉふぉふぉ、皆のもの、こんにちは。わしは神社の守護者と申す者だ。「天の声」と呼んでもよいぞ。さっそくだが、よい知らせと悪い知らせがある。どちらから聞くかの?
歪な声がラジオから室内に響き渡り、雑談をぶった切った。一ノ瀬くんが私たちの代表として、声に答えることになった。
[一ノ瀬空]じゃあ、悪い知らせから聞かせて。
[守護者]ふぉっふぉっ、悪い知らせじゃな。悪い知らせ、行くぞい!
[一ノ瀬空]……
[守護者]神社を邪悪な暗黒の力から守るため、神主は神社全体をこのスクエアワールドに転送したのじゃが、この世界もすでに暗黒の力に蝕まれ、邪悪な魔神が蘇ろうとしておる。お主らはもうすぐ、魔神の生贄になるのじゃ。
[一ノ瀬空]じゃあ、よい知らせは?
[守護者]ふぉふぉ、よい知らせじゃな。神主はこんな事もあろうかと、神社に光の導きを残した。その導きに沿って最後の部屋に進み、転送の魔法陣を起動すれば元の世界に戻れるぞ。
[守護者]魔神が蘇るまでに魔法陣を起動出来なかったら……ふぉふぉふぉふぉ……。
[一ノ瀬空]その神主が残した導きって、一体……?
[守護者]いきなり核心に触れるとは、小僧、なかなかやるのう。……じゃが、わしの答えは……知らん!紙切れかも知れぬし、絵巻きかも知れぬ。神主の考えなぞ、わしに知る由もないのじゃ。
[守護者]じゃが、わしは善き守護者じゃからな、皆にありがた~い手助けをしてやろう。謎解きに詰まった時は、わしがヒントをやるぞ。もちろん、それ相応の「対価」は払ってもらうがな。
[茂武]魔神のいけにえ……!?ホラー要素ないってさっき言ったよね??
[明]そういう設定ってだけだから……。
[player]さっそく、手かがりを探そうか。この部屋大きいから、結構時間かかるかもね。
中は十分に明るい。探索にもってこいの環境だ。茂武くんと明くんは二人で目の前の地面をチェックし、一ノ瀬くんは一人で探索を頑張っている。
[player]一ノ瀬くん、何か私に出来ることある?
[一ノ瀬空]部屋の出口がパスワードでロックされてるから、PLAYERさんはどこかに数字が書かれてないか探して。
ここが魂天神社を再現しているとしたら、この部屋に関しては私が四人の中で一番詳しいはずだ。だが、行動し始めるやいなや、天の声からのお知らせが響いた。
[守護者]ばばばばーん、おめでとう。最初の謎をこんなにも早く解くとは、かくも聡明な頭脳、さぞ魔神様もおよろこ……いや、早く元の世界に戻れるじゃろうて。
早くね?と、お知らせを聞いて素直に感じた。どうやら一ノ瀬くんがパスワードを見つけてロックを解除したらしい。最初の部屋でそこまで難しくなかったとしても、一ノ瀬くんってば想像以上だ。
[player]あはは!やっぱ一ノ瀬くんがいれば楽勝だね。
[茂武]え、なに、もう終わり?早すぎだろ……脱出ゲームってこんなもんなのか?
[一ノ瀬空]いいの?
[茂武]あ、いや、えっと、もっとこう……罠とか、隠し要素とかあったりするんじゃないかと……まぁいいや、次行こ次!
[明]モブ……気をつけて。
[茂武]え?何を?
[player]罠に気をつけてねってことでしょ。罠を踏んだら魔神に捕まるぞ~。
[茂武]う、うそだろ……そんなんあんのか……。なぁ、アーミン、俺を助けてくれよな……!
[一ノ瀬空]……
一方一ノ瀬くんは、謎よりもどうすれば二人の会話に加われるかを一生懸命考えているようだ。
第二の部屋は、さっきと違って、空間の輪郭がギリギリわかるような暗さになっている。何も置かれていないこの部屋は、広すぎて不気味な感じだ。
暗くてお互いを見失いそうなので、私たちは集まって部屋を探索することにした。私は壁を伝って前方へ進み、壁と床に何か手がかりがないか必死に探し始めた。
[茂武]み、みんな!こっちになんかの仕掛けがあるっぽいぞ!
茂武くんは一ノ瀬くんと明くんを両脇に置いている。仲間に挟まることで自分の怖さを半減する作戦だ。そのため、彼が探したところは一ノ瀬くんも一度見たことになる。緻密さを持つ一ノ瀬くんなら、そういうのがあったら見逃したりしないはずだ。
茂武くんが仕掛けのボタンをぽちっと押すと、部屋の壁が、ゴゴゴという重い音とともに左右に開き、隠し扉が現れた。扉の奥は細長い廊下が続いており、暗さと不気味な効果音も相まって恐怖感が増し増しだ。
[守護者]お主ら、こんなに早く隠し部屋を見つけるとは、さぞ元の世界へ戻りたい気持ちが強いのじゃろう。じゃが、二つの部屋の謎を同時に攻略せんと、隠された鍵は入手出来ぬ。二組に分かれて進むのじゃ。無事を祈るぞ……ふぉふぉふぉ……。
[茂武]うわぁああ!びっくりしたー!つかなんだよ「無事を祈る」って!攻略が失敗したら魔神に捕らわれちまうのか……。
[明]……設定に入り込みすぎ。
まぁ、設定はどうあれ、ここは二手に分かれて、隠された鍵を入手するのが目的らしい。グループ分けをどうするかはクリア率に大きく影響するから、ここは一ノ瀬くんと組みたいけど……一ノ瀬くんにクラスメイトと交流する時間をあげたいし、あえて分かれるのもありだよな……。
[茂武]ふ、二組に分かれる必要があるらしいぞ?どうする……?
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