You are here

見逃す2

categoryStory: 

幸いにもまだリーチはしていない。そうでなければ気まずくなっていただろう。私はこの放銃牌を見逃すことにした。 ライアンくんは私に笑いかけ、それから二枚目の一索を打牌した。 自分の沈黙が耳に痛い。ライアンくん、次は捨てないでくれよ! [麻雀会館の雀士A]まだテンパイしてないのか……? 相手は訝しげに私を見ると、首を横に振って河に三枚目の一索を打牌した。 [player]ロン。 [麻雀会館の雀士B]えぇっ!? [麻雀会館の雀士A]二度も見逃したと? はぁ……本当に度胸がありますね。 [player]マジックをたくさん見ると、その真髄が分かるんです。どう変わるかは重要じゃない。大事なのは、その前の目くらましですよ。 [ライアン]わぁ……お姉さまにこれほどのマジックの才能があるのなら、これからはもっと研究して、見破られないようにしなくちゃ。 二度も見逃したのは、確かに相手を惑わすためだ。最後の一索をロンして、私は二位にまで上り詰めた。 ライアンくんの点数も十分足りているため、オーラスの心理的負担は少なくなった。経験を積んで、私とライアンくんの協力体制はこれまでよりもずっと円滑なものになった。目を向けるべきは、配牌も私達を苦しめようとしているわけではないということだ。最後には、私は僅差で一位を勝ち取った。 [従業員]はい……確認いたしました。お二方、おめでとうございます。リーダーはあなた達の戦いぶりを気に入り、お会いしてもよいとのことです。 [ライアン]お姉さま、よかったです。やっぱり僕達は以心伝心の仲ですね。 [player]そうだね。そういえば、ライアンくんってばすごく成長したんだね。何度も絶妙な感じで協力してくれたし、君には牌を読む才能があるみたいだ。 [ライアン]えへへ……お姉さまと初めてタッグを組んだから、興奮のあまり普段以上の力を発揮出来たのかもしれません。 [ライアン]お姉さま、これから麻雀する時は毎回二対二でやりましょうよ。僕達の絆なら、きっと二対二ルールでトップの雀士になれますよ。 [player]ちょっと大げさな気がするけど、すごく魅力的だね。 勝負に勝って、ようやく緊張が解けた。脳みそを酷使した気がする。そのせいで、体が空っぽになったようだ。 従業員は私達におめでとうと言って、壁の方へ向かった。前方には人の背丈ほどの掛け軸がかけられていて、上部には競走をする様々な見た目の美人が描かれていた。右上の角には目を引く印章……「御」という字が押されている。年季が入って黄ばんでいるが、価値の高い掛け軸だということはわかった。 [player]素敵な絵ですね。 [ライアン]僕もそう思いました。ちょうど雀卓二台分の人数ですね。 私とライアンくんが鑑賞していると、従業員が掛け軸を取り外した。なんと、その裏には人一人がようやく通れるくらいの細長い扉があった! しかし最も驚いたのはそのことじゃない。従業員がドアにつけられた暗証番号認証式の電子錠に向かって、虹彩認証をして見せたのにはより驚いた。こんなハイテクな設備まであるとは。どこからどう見ても平々凡々に見えるこの麻雀会館、本当に底が知れない。 従業員に続いて細長いドアに入ると、暖かみのある黄色い明かりがついた通路に出た。地面は緩やかな下り坂になっているようで、私はこの先には地下室があるのではと推測した。 ライアンくんと話がしたかったが、目の前には従業員、後ろには先ほどまで一緒に麻雀をしていた二人がいた。彼らは通路に入ると険しい表情になり、やや重苦しい空気になったため、私は口をつぐんだ。 ライアンくんはこの重々しい空気を感じ取れないようで、いきなり従業員に話しかけた。 [ライアン]おじさま、質問してもいいですか? [従業員]お、おじさま? 私……そんなに老けて見えます? [ライアン]え? あぁ……実は僕達の慣習で、見た目が大人っぽくて落ち着きのある男の人はみんな、おじさまって呼んでるんです。 [従業員]そうでしたか。 [player]ぷっ…… その会話に私は堪えきれず笑ってしまい、みんなから白い目で見られた。ライアンくんがボロを出さないためにも、私は笑いをかみ殺し、表情を抑えた。 [ライアン]あのね、おじさま、僕が知りたいのは、どうして勝負が二対二の麻雀という形式で行われたのかということなんです。 [従業員]それはリーダーの発案によるものです。誰にも気づかれることなく自分のパートナーに情報を伝え、勝利を勝ち取る技術を見るのは、ある意味情報伝達手段のテストにもなりますから。 [player]それって「通し行為」になるんじゃないですか? [従業員]伝達方法がまずければ通しの謗りを受けるでしょうが、バレなければ「以心伝心」ということになりますよね? 先ほどのあなた達お二人のような伝達手段は、「以心伝心」と称する他ありませんでした。ずっと観察していましたが、あなた達がどうやって「通し」をやっているのか分かりませんでしたよ。 [ライアン]僕とお姉さまには、そんな小細工必要ないですよ。 [従業員]はは、仰る通りです。あそこまで心を通わせ合い、長年にわたってほぼ負け知らずのコンビに打ち勝つとは……お二人ともとても優秀な情報屋候補ですよ。 [ライアン]えぇ~……それは結構です。僕とお姉さまのこの「以心伝心」はもっと大事なことに使うためのもので、誰かの情報収集を手伝うためのものじゃありませんから。 従業員は返事はせずに笑い、私達を連れて角を曲がった。すると、突き当たりに精巧な木製のドアが現れた。上質な木材が使われているのだろう、美しい木目で、暗い黄色の明かりの下では、錯覚かもしれないがほのかに金色の光沢があった。従業員がノックをすると、ギイイ……と重厚な音を立てた。 ドアを開けたのは、小柄な少女だった。体格からして歳はおよそ十五か十六くらい、服の襟を顔の下半分が隠れるほど高く引き上げている。従業員は彼女を見ると、私達を指して小声で話した。 [???]アンタのことは知ってるよ、PLAYER。 少女は黙って頷き、私達を中へと招いた。周囲を見回したところ、さしずめ地下に設えた事務所といったところか。窓はなく、目に入る机や椅子はほぼ全て無垢材で出来ていて、内装はややレトロな雰囲気だ……防火対策をちゃんとしてくれてればいいんだけど。 私達の正面には、大人が二人同時に横たわれるほどの大きなオフィステーブルがあった。何故唐突にこんな奇妙な比喩が浮かんだのだろう。きっと正に今、オフィステーブルの向こうに、組んだ足をテーブルに乗せて寝ている人がいるからだろうな。 物音を聞いて、目の前の人物は足を下ろし、体を起こした。赤い唇に白い歯、広い肩に引き締まったスタイルの、容姿端麗でかなり若そうな男だ。年齢は二十歳前後だろうか。 しかし私は、一飜市では見た目から年齢を判断するのは適切ではないやり方だと心得ている。例えば某麻雀会館の女主人とか。だから、若そうに見えるからといって、彼の能力を疑ったりはしない。 [???]アンタのことは知ってるよ、PLAYER。 [???]やっぱ、ここにゃ似合わねー面をしてるな、ハハッ。 いきなり何だ? のっけから人格否定か? 一飜市にだって法はあるんだぞと警告しようかと思ったが、私が答えるよりも早くライアンくんが前に出て、笑顔で彼に挨拶した。 [ライアン]すみません、お兄さんが「ストリクス」のリーダーさんですか? 僕はライアン、本日の依頼人の一人です。 [???]ライアン? 「Soul」のマジシャンか……フン、アンタは他人のことを「お姉さま」って呼ぶヘキがあるって聞いてたが、なんで俺は「お兄さん」なんだァ? [ライアン]何故でしょうね? えへへ…… [???]人にモノを頼むときの態度じゃねェな。 [ライアン]あれ? リーダーさんって、「お姉さま」って呼ばれたいタイプのだったんですか? [???]んーにゃ、ただアンタの後ろにいるソイツの気分を味わってみてぇってだけだな、多分。 状況を飲み込めずにいると、突然部屋の中に火薬の臭いが充満した。怖くなってきた私は消火器までの距離を確かめつつ、まだ何か言いたそうにしているライアンくんを手で制して、後ろにかばった。 [player]すみません、実はこれライアンくんの故郷の風習で、カリスマ性のあるイケメン男子はみんな「お兄さん」と呼ぶんですよ。 ライアンくんは私の服の裾を引っ張り、小声で尋ねた。 [ライアン]お姉さま、いつの間にそんな風習出来たんですか? [player]さっき、君が他の人を「おじさま」って呼び出した時から。 私の弁明に、相手は鼻で笑った。明らかに納得していない。しかしこれ以上この話題を続ける気もないようで、私はホッと息をついた。 [???]今日ここに来た理由はわかってる。あの猛獣使い絡みだろ。 疑問形ではなく、断定する言い方だった。私はこの時になってようやく、情報組織「ストリクス」の恐ろしさを身に染みて感じた。私とライアンくんの狙いはすっかり見透かされているようだ。 [???]確かに俺ンとこにはアンタ達が欲しがってる情報がある。けどな、その情報料は「Soul」には払えねぇぜ。「Soul」の経営状況は、俺達みーんなよく知ってっからな。 [player]じゃあ、どうすれば取引に応じてくれますか? 「Soul」には支払えないとわかっていながら私達と会ってくれたってことは、別の方法があるんでしょう? [???]賢い奴とビジネスするのは好きだぜ。じゃあこうしよう。明日アンタ一人で俺に会いに来たら、ある取引をする。取引が終わったら、アンタ達が知りてェことをタダで教えてやらァ。 [player]そんなに簡単なことでいいんですか? まさか、飛行機である地点まで行かされて、着いたら急遽別の所まで乗り継ぎさせられて……みたいな取引じゃないですよね。 [???]安心しな、そういう取引だったらスーツケースを持ってくるよう言っとくさ。そん時ァ綺麗なスーツケースを持ってくるように頼むぜ! 多少見栄えもマシになるしな。 [???]ただし、もしそこのガキを連れてきたりしたら、取引はキャンセルだ。 [player]それはなぜです? [???]ソイツが俺ンこと「お兄さん」て呼ぶのと同じ理由さ。 相手はライアンくんを見ながら、得意げに眉を釣り上げた。それを見て確信した。この男、絶対みみっちい奴だ。 私は言い返そうとするライアンくんを止め、首を横に振った。今は喧嘩している場合じゃない。せっかくここまで知りたい情報に近づけたのだから、チャンスをふいにする訳にはいかない。 ライアンくんは不機嫌そうにしていたが、私の指示をよく聞き入れて、ただ黙って私の袖を掴んでいた。そして私達は、従業員に先導されて麻雀会館へと引き返した。 個室に戻り、従業員が今日は無料で遊んでもいいと言ってくれたが、私とライアンくんは麻雀を続けるような気分ではなかったので、丁重に断って麻雀会館を後にした。 「Soul」に戻った時には半日が過ぎていた。舞台裏に向かうと、明日使う道具のチェックといった最終準備にかかっているサラを見つけた。ライアンくんの重苦しい表情を見て、彼女は眉をしかめた。 [サラ]あなた達……上手くいかなかったの~? [player]実は……まあまあ上手くいってはいるんだけど。 ライアンくんはフグのようなふくれっ面をしながら、ことの経緯を簡潔に説明した。しかし例の若いリーダーの話になると、彼は思いがけずこんなことを言い出した。 [ライアン]サラ姉さま、明日お姉さまは一人でそいつに会いに行くことになってるんです。あいつが普段、善良な人をカモにしてる詐欺師だってことはすぐ分かりました。そうだ、お姉さまをどこかに乗り継ぎさせるかも、とまで言ったんですよ…… [player]いやいや、スーツケースを持ってこいとは言われなかったし…… [ライアン]そうだ、綺麗なスーツケースを持ってくるよう言ってました! [サラ]スーツケース!? 乗り継ぎ!? 混乱と不安に満ちていくサラの表情を見て、私は慌ててライアンくんを止めた。 [player]ちょ、ちょっと待って。君が思ってるようなことはないよ。ただ相手がちょっと悪趣味な言い方をしたから、ライアンくんはびっくりしちゃったんだと思う。 [player]でも、大局的には結構上手くいってるよ。先方も、明日私が取引を完了させれば情報をくれるって約束してくれたし。 [サラ]取引の内容は? [player]まだ分からない。 [ライアン]お姉さま、行ってはダメですよ。「ストリクス」だけが解決策ではないんですし、他の方法を考えましょう。 [サラ]あなた一人で来いっていう相手の指示、心配だわ。だから私もライアンに賛成よ。 サラとライアンくんは、珍しく険しい表情をしている。特にライアンくんは普段いつもニコニコしていて、たまに呆気に取られるようなことをするが、この時はきつく口を結んでいた。 しかしサラの目の下にある、アイシャドウでも隠しきれないクマを見て悟った。他の方法とやらはそう簡単には見つからないと。そうでなければ、今日まで引き延ばした末に、やむをえず私に助けを求めるような事態にはなっていないだろう。 今日のあのリーダーとの会話を思い出してみると、口が悪いし心も狭い、座り方も行儀が悪くて少々性質が悪そうな人だったが、そこまで悪意はない……と思う。 とにかく、明日もう一度相手に会いに行き、取引の具体的な内容を知ってから考えることに決めた。もちろん今は、ライアンくんとサラにはこの決断を話すべきではない。彼らに心配をかけないように、もう一度よく考えると約束した。 話がまとまると私のお腹が切ない声をあげ、そこでやっと日が暮れていたことに気づいた。サラはそれを聞いて笑い、ご飯を食べていくようにと言ってくれた。 [サラ]もうこんな時間なのね。あなたも一緒に夕食を食べましょう。 [player]いや、私は…… [ライアン]辞退は禁止、ですよ。食べていってくださらないと、お姉さまに借りを作ったままになっちゃいますし、そうなるとサラ姉さまが悲しみますから。 やんわり断ろうとしていたのをライアンくんが遮り、すっかり退路を断たれてしまったので、大人しく夕食を共にすることにした。 「Soul」では、一般的な一飜市民のように、テーブルについて別々に盛られたおかずとご飯を食べるような形式ばった食事はしない。天気のいい夜に屋外の空地へ行って、輪になって食べ物を分け合いながら歌ったり踊ったりするのを好む。 私の隣に座っているのは、もぎりのおじいさんだ。以前はサーカスの賑わいに忙殺され大変そうにしていたが、最近は十分に休めているのか、元気そうだ。みんなと談笑している間も、私を放っておくこともせずに冗談を言ってくれる。 [おじいさん]我らが「Soul」はな、座長に合わせて変わる劇団なんだ、はは。シド座長の頃は、みんな行儀よくテーブルについて食事をしたもんだったが、サラちゃんが座長になってからは、こうして食べながら踊ったりするようになったんだ。ああ、ここだけの話なんだけど、こうなってからというもの毎回あと二杯はおかわり出来る気になるんだよなあ。 [player]いい気分になれるから、こうやって食事するのはすごく楽しいでしょうね。 [おじいさん]あぁ、わしも今の「Soul」はますます映画に出てくるサーカス団らしくなったと思うぞ、わはは。 [おじいさん]けどな、時々前座長がいた日々が懐かしくなるんだ。あの時……おっと、こんなに楽しい日にわしは何を言ってるんだ。さ、食べてくれ。 おじいさんは昔のことを何か思い出したようだが、多くは語ろうとせず、茶碗を持って近くのおばさんのところへ行き、こっそりお酒を拝借した。体がよくないのにお酒を飲もうとすることを窘めるおばさんの声が聞こえた。いかにも喧嘩腰だったが、和やかなムードが漂っていた。 サラは、私に焼き立ての串焼き肉を盛ったお皿を渡すと、隣に座った。 [サラ]ありがとう。 [player]今日はもう何度も言ってもらったよ。 [サラ]これは私個人のものとして……ありがとう。私が一番心細い時は、いつもあなたが傍にいて、一人で背負いこまなくていいんだって教えてくれるわ。 [サラ]自分の力量はわかってる。だからこそ、私にこんなに大きな劇団をちゃんとまとめられるのかって悩んでるの。 [サラ]でもあなたを見る度に、私は……うん、そう、とにかく思い切りやってみようって思えるようになるの。 [サラ]だから、ありがとう。 私は賑やかな人々を見ていた。ゆらゆらと踊るキャンプファイヤーの傍で、普段は大人びた様子のライアンくんが数人のお年寄りに捕まり、何かを聞かれているようだ。ライアンくんは顔を赤らめて、必死に助けを求める眼差しを私に向けてきている。 まるで、新年や祝日の度に大人達に追いかけ回され、「テストは何点だった?」「彼女出来たか?」「最近習い事をしてるとお母さんから聞いたぞ、みんなに見せてみろ」等と問い詰められている無力な少年のようだ。 [player]サラ、きっと何もかも上手くいくよ。 [サラ]えぇ、きっと。