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無意味な意地を張らなくていい時もある。バイクから降りよう。

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[player]バイクでジェットコースター気分を味わわせる気ですか? [玖辻]失礼な例えすんなァ、旦那。ジェットコースターは俺のバイクほどエキサイティングじゃねぇだろ。 [玖辻]俺に言わせれば、ジェットコースターなんてせいぜい『ドラカンフォーマー6』の4D上映レベルだぜ。ちょい席が揺れて、3D眼鏡でもつければ後はそんなに変わんねーよ。 [player]…… [玖辻]信じられないってんなら、もう何周かして体感させてやるよ。 これは体験しなくてもいいことだ、私の理性はそう告げている。人生には、実質的なメリットをもたらさない無意味な意地を張ってしまう瞬間があるものだ。 例えば、このチョークを担任の頭に投げつけた奴が勝ちとか、冬に鉄の手すりを舐められたら優勝とか、来週の定例会議で社長に「そっちがどう思ったかなんて知ったこっちゃない! 俺の話を聞け~!」なんて言えたら拍手喝采……とか。 でもね、私のような熟した考えの持ち主は、この手の実質的なメリットがない挑発に二度も乗ったりしないのだ。 [player]結構です、お気持ちだけ受け取っておきます。 [player]あの、ひとまずどこかで取引の続きをしましょう。 [玖辻]はァ…実に残念だ。お行儀良く座ってられンのなら、あそこに連れてってやるよ。 [player]どこ? [玖辻]行きゃアわかる。 そして、先ほどの景色が逆再生された。唯一の違いは、路面が濡れていたことだ。雨が降ったらしい。 道が少し滑りやすくなっている。玖辻は私の命を軽んじているだろうが、玖辻自身の命は惜しいのだろう。その後の道のりでは、かなり緩やかに運転していた。雨上がりの涼しいそよ風を肌に感じ、なかなか気持ちよかった。 ぐるぐると回った果てに行き着いた先は、なんと「幾度春」のはす向かいの茶屋だった。間をおかずに二度も来たので、このあたりの景色もだいぶ見慣れてきた。玖辻に連れられて茶屋の裏門から入り、そのまま二階の個室に入った。 [player]どうしてここに来るの? [玖辻]旦那に素晴らしいショーを見せてやろうと思ってよ。 [玖辻]ここが一番の特等席だ。ショーがある日にこの席の予約取んの、この前のオークションに負けず劣らず大変なんだぜ。 席に座り、窓から顔を出して外を見ると、正面の通りが見えていた。人がごった返していて、私が切り花を落札した日と同じくらいの人出だった。 [玖辻]「花魁道中」って聞いたことあるか? [player]はい。 [玖辻]「幾度春」も似たようなことをやってンだ。何ヶ月かおきに吉日を選んで、一番人気の芸妓、あるいは太夫に特別に誂えた華やかな衣装を着せ、「幾度春」の正門から通りの突き当たりまで行って戻ってくる……いわゆる「太夫道中」ってのをな。 [玖辻]「幾度春」が一番の置屋であることを示すためってのもあるし、この辺りの店は全部「幾度春」がやっててな、最も人気のある芸妓ただ一人だけが「幾度春」の女将となって、これらの商売を引き継げる決まりになってんのよ。 [玖辻]だからな、これは自分がオーナーをやってる商売の監査をして、主権を示しておくっつー意味合いもあんだ。 [玖辻]十数年前、東城玄音少女が自らの才能と美貌で全員をねじ伏せてから、「幾度春」の女将はずっと彼女のままだ。 [玖辻]そして、今「太夫道中」を担当してる芸妓も、変わらず彼女のままさ。 彼が言い終わると、歓声が沸き起こる中、「幾度春」の正門が開いた。 まずは同じ服を着た男性が数名、木の札を掲げて現れ、道路の両脇に立った。木の札には「幾度春」の紋章が大きく描かれている。小さく文字のようなものも書かれているようだが、ここからでは小さくてよく見えない。 その後すぐに、美しい衣装に身を包み、手には花かごを持った六人の少女が続々と門から姿を現した。二手に分かれて両側に並び、歩きながら花かごに入った花を道へ撒いている。 リズミカルな太鼓やお囃子と共に、白い足袋に底の高い草履、確か「おこぼ」と言われる履物を履いた脚が伸び、半月型の弧を描いてまた門の内側へと戻った。まるで美しい金魚が水面から飛び出し、尾を振ってみせたかのようだ。 これを何度か繰り返した後、着飾った女性が花の敷かれた道に沿って、金魚のような足取りを保ったままゆったりと門から出てきた。 距離が離れている上に玉簾で出来たベールをつけているから、顔はよく見えない。玖辻は無造作に窓枠をノックしてこう言った。 [玖辻]あちらさんが、東城玄音サマだ。 玖辻の指は、お囃子に合わせてリズミカルに窓枠を叩き、このショーを楽しんでいるようだ。東城さんが私達の真下まで来た時、彼が急にこちらを見た。 [玖辻]旦那、取引の前にアンタに言っておくことがある。 [player]なんですか? [玖辻]アンタに参加させたオークションと、その後の一連の出来事にどんな意味があったか、知りてぇだろ? [player]まあそうですね。自分が何か特別な価値のある情報を手に入れたとは思えませんでしたし。 [玖辻]違うな、「アンタが参加した」こと自体が価値ある情報なんだよ。 [player]どうしてですか? [玖辻]あの日、アンタがどの花を選ぼうと東城玄音に会えてたとしたら? [player]三種類とも彼女を示す花だったんですか? [玖辻]いや、彼女がアンタに会いたかったからだ。 [player]え? [玖辻]最初は手元にある情報からそういう仮説が持ち上がっただけだった。けど、アンタの行動が、その仮説を証明してくれた。 玖辻の話のせいで、抱いていた謎が更に大きくなった。私と東城さんとの関係を考えても、彼女が積極的に私に近づこうとした理由に思い当たる節はない。 [玖辻]旦那、俺たちが交わした取引はまだ有効だが、条件を変えてやってもいいぜ。今からアンタに選択肢を二つやる。 [玖辻]一つ目、元々の約束通り、ヒーリのことを聞く。彼女が最近何をしてるのか教えてやる。 [玖辻]二つ目、自分のために東城玄音に関することを俺に聞く。アンタにとって使えるモンをを選んで教えてやる。 [玖辻]少し時間をやろう。自分が本当に欲しいモンを選ぶんだな。 玖辻の言葉を聞いて、私はじっと考え込んだ。感情的にも道理からしても、ヒーリについて聞くべきなのだろう。それが当初の目的であり、頼まれたことなのだから。 だが一方で、私は確かに東城さんがこんなことをした理由が気になっていた。今思い返すと、あの日彼女と交わした言葉には深い意味があった気がする。ありふれたことだと思っていても、実は思っていたより複雑だった……なんてこともあるし。 さんざん考えたが、選ぶのは難しい。サラとライアンくんの心配そうな眼差しが脳裏にかわるがわる現れたが、その奥で、東城さんのあの柔らかく心地よい声が響いていた。 [玖辻]はぁ……旦那はもっと自分中心に考えていいんだぜ。誰もアンタを責めやしないさ。 それなら……