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どうやってモヒートを「撫でる」のか、自ら見本を示す。

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どうやら、彼らには模範的なお手本が必要のようだ。この場でそれが出来るのは私しかいない。
私はしゃがんで、誠意を込めてモヒートに「よろしく」と声をかけ、右手でモヒートの頭に触れようとした。
しかし途中で遮られた。モヒートは嫌そうな顔で前脚を伸ばし、私を拒んだ。
ただ私という人間はそう簡単には諦めない。私は動じることなくモヒートのがっしりした前脚を避け、右手を素早く彼の頭へと伸ばした。
すぐさまモヒートの前脚が残像となり、私は再び阻まれた。
スピードで勝てないのなら、知恵を絞るしかない。私は、右手で彼の頭に触れようとするフェイントをかましながら、素早く左手を伸ばして彼の顎に奇襲をかけ、上下挟み撃ち作戦に出た。
おおっと、モヒート選手、顔を左に向けてうまく奇襲をかわした! 続けて「グルル」と鳴き、私の顔に鼻息を吹きかける!
七転び八起き、諦め悪く何度目かの攻撃を仕掛けようとすると、スタッフの笑い声が聞こえてきた。
[男性スタッフ]この黒ヒョウ、本当にお行儀がいいですね。
[女中さん]本当に。こんなにちょっかいをかけられても怒らない「大きな猫ちゃん」、とっても可愛いです。うっとこの庭のキジトラちゃんとは大違いです。
[男性スタッフ]キジトラ?
[女中さん]数日前からここのお庭に住み着くようになった野良猫よ。先週なんて、同僚の香ちゃんが肉球に触っただけで引っ掻かれて流血沙汰になってしもて。その傷、今も治ってないんよ。
モヒートはスタッフの話がわかったのか、頭を振り、「フン……フン……」と鼻を鳴らした。
[女中さん]見て、私達とも仲良くしてくれてる。これなら、飼い主さん達がちゃんとついていれば問題ないと思うんやけど。
[男性スタッフ]まぁ……せやな。
[男性スタッフ]二名……三名様、本日はご予約されてますか? ……でしたらご案内します。くれぐれもその子をよく見ておいてくださいね。
[player]大丈夫です、約束します。
スタッフの案内で「幾度春」に入る時、先ほどモヒートが私に向かって「グルル」と鳴いたのはどういう意味だったのか、こっそりヒーリさんに聞いてみた。
[ヒーリ]あぁ、距離感がわからない人間が一番嫌いだって言ったんだよ。
私達が「幾度春」に入ると、東城玄音さんは庭園の池にある東屋で待っていた。彼女は竹と小鳥が描かれた屏風の後ろに座っているため姿は見えず、東屋を吹き抜けるそよ風に揺れる影だけがぼんやりと見えた。
ヒーリさんは彼女とは初対面ではないようで、形式ばった挨拶もなく、いきなり本題に入った。
[ヒーリ]聞きたいことがあって来たの。タンチョウヅルを保護した日のことを出来るだけ詳しく教えて。
[東城玄音]相変わらずせっかちどすなぁ、ふふ。ええどすけど、何日も前のことどすさかい、少し時間を取らせてもらいますえ。
[東城玄音]あのツルに会うたのは、夜の十時くらいでなあ、うちがちょうど東風会館から戻ってきた時どす……何かに追われていたみたいで、うちの前に倒れたまま、立ち上がる力もおへんどした。
[東城玄音]それで抱き上げると、羽と脚にひどい怪我を負っとったんどす。
[ヒーリ]その時あんたは一人だった?
[東城玄音]ええ、会館から「幾度春」はそこまで離れとりまへんさかい、誰も連れとりまへんどした……当然、敢えて捨て身で追っ手に立ち向かう理由もおへんさかい、やむなくこの子を連れて、近くの夜遅くまでやっとるお茶屋さんに寄らしてもろたんどす。
[ヒーリ]そいつらは踏み入ってこなかったの?
[東城玄音]タンチョウヅル一羽でそんなとこに入るとは思わへんかったんどっしゃろなぁ……そこまでは入って来まへんどした。
[ヒーリ]追手の外見的な特徴は?
[東城玄音]夜、引き戸の格子越しにぼんやり見えただけどすが……武器を持った、なんや柄の悪そうな方だったような。
ヒーリさんが突然傍の柱を殴ったので、私はギョッとした。
[ヒーリ]騙された。
彼女の言わんとすることはすぐわかった。あの日、シジュウカラと名乗った男が言っていた「タンチョウヅル」が、実はこのタンチョウヅルだったのだと考えているのだろう。「タンチョウヅルと呼ばれる男を探している」と言ったのは、私達を騙すためのデタラメだったのだと。