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さすがに入る。

jyanshi: 
categoryStory: 

こんな状況で進み続けるのなんて狂人のすること。雨の中、スピードを上げて走るのも危険すぎる。ここは民宿に入って雨をしのいだ方がいい。 [player]入っちゃおう! [撫子]よし! 豪雨に完全に飲まれる前に民宿の駐輪場に入り、屋根の下へ避難出来た。 [player]はぁ~……。 [撫子]ふぅ~……。 撫子さんと同時に深く息を吐いた。お互いの顔にも疲れの色が見える。 [撫子]どうだい、面白いレースだっただろ? [player]すごい迫力だったけど、もういいかな……。 [撫子]そりゃそうだな。 そんな話をしていると、ドアベルの音と共に民宿の扉が開かれた。 両開きのドアがひとりでに左右へと開き、広々としたロビーが目に飛び込んでくる。早い時間だからか、ロビーに明かりもついておらず、この大雨の中で暗くおどろおどろしい雰囲気が漂う。 [player]なんか怖くない……? へ? しかし撫子さんは迷わず中へと入った。 [撫子]雨に濡れて寒いし、ここの人にタオルとドライヤーを借りよう。……それと、PLAYER。あんたがそこに立っているといつまでもドアが開いたままだ。雨が吹き込んできちまう。 [player]……あっ! 先程のレースでショートした頭が、今頃になって頭上のセンサーを認識した。 ロビーの奥のフロントで、この民宿の主人が私たちを待っていた。ドアベルが私達の到着を知らせたらしい。主人は水浸しの私たちを快く迎え、先に衣服と髪の毛を乾かすように、と浴場を案内してくれた。 浴場を出てロビーに戻ると、先に出ていた撫子さんは主人と談笑している。テーブルの上には綺麗なお菓子とお茶が用意されていて、温白色のライトに照らされていい雰囲気だ。 [主人]さ、温かいお茶で体を暖めましょう。 [player]本当に、ありがとうございます。 [主人]いえいえ。では、私はこれで。 主人はソファから立ち上がり、足取りも早く裏に戻っていった。私は撫子さんの隣に座った。 [撫子]……あのご主人、すごい。 先程の主人との雑談が、撫子さんの琴線に触れたようだ。彼女にしては珍しく、羨ましそうな表情を見せている。 [player]二人は何を話してたの? [撫子]ああ、ここで民宿を開業した経緯を聞いていたんだ。 話によると、ここの主人は撫子さんの学校の先輩で、三年前までは一飜市で働いていたサラリーマンだった。変わり映えしない毎日に飽きて昇進したばかりの仕事をやめ、この古民家を買ってリフォームし、民宿として開業したらしい。 [撫子]あたしもそんな風にサクッと仕事辞めたいけど、欲しいヘルメットがまだまだたくさんあると思うとなかなか踏ん切りがつかなくてさ。 [player]え、そうなの? [撫子]何だ? [player]な、なんでもない。 撫子さんって、ちゃんと定職に就いてたのか……知らなかった。でも確かに、バイクって結構お金がかかるもんね。 [player]でもさ、仕事をやめて民宿を始めたのはいいけど、なんでこんな誰も来なそうな所に……? [撫子]観光名所に開いたら、忙しくて会社に通勤するのと大差ないからじゃないか? [主人]その通りです。 ちょうどこのタイミングで、主人が戻ってきた。 [主人]それと、ご存知の通りこの辺りの道は舗装が悪くて、ツーリングやドライブで来る人が危険な目に遭うこともしばしばです。 [主人]私が会社員時代にここへ初めてドライブに来た時、ここに休憩出来る施設があったらいいのにと思ったので、ここに決めました。 [player]そうだったんですか。 [撫子]先輩らしいね。 [主人]同じ旅好きとして力になりたいだけですよ。そういえば、撫子さんが探されてる場所、ここではありませんか。 主人は裏から持ってきたスマホを私たちに見せた。スマホの画面には夕日の写真が表示されていて、撫子さんが言ってたロケーションと完全に合致している。 [撫子]そう、ここだ! やっぱりこのあたりだったんでしょうか? [主人]はは、それについてですが……お二人とも道を間違えていらっしゃいますね。 主人は笑いながらメモとペンを取り出し、高速道路からここまでのマップを書いてくれた。マップには私たちの現在地と、探している目的地も描かれている。 [player]こ、これは……。 最初の分岐点でもう片方に行ったら、今頃そこに着いてたってことだ……。 [player]そこから間違っていたのか……。 [撫子]ま、勘で走ってればこういうこともあるさ。 [主人]そうですね。あそこは観光地としての開発計画が立ち上がってからだいぶ道が変わりましたので、間違えてここに来る観光客も少なくありません。 [撫子]観光地? [主人]ええ、最近SNSで一気に話題になったらしいですよ。観光客にも人気ですし、二人とも知らなかったのは逆に珍しいくらいですね。 [撫子]バズってるとこは避けがちで、この手のはいつもスルーしてるんです。でも、この夕日は本当に綺麗だったので……友達ともう一度見てみたくて。 [主人]そうでしたか。それなら今日はまだ見られるかもしれませんよ。私の経験からすると、この雨は長くてもあと30分くらいあれば止むと思いますし、それから行けば夕日に間に合います。雨が止むまではここで休んでください。 主人はそう言って、あくびを噛み殺した。 [主人]私も少し休ませていただきます。お二人ともゆっくりくつろいでください。 主人は再び裏に戻り、広いロビーに私と撫子さん二人きりになった。 窓の外は相変わらず雨がザーザーと降り続けている。お茶の香りを静かに楽しみながら、時間の流れが遅くなったんじゃないかと錯覚する。 ……雨が止んだら、あの場所へ行くかどうか。