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ご飯を奢る

jyanshi: 
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私は自分の財布を撫でた。最近は割と余裕あるし、ここは気前よく何か奢ってあげよう。私はエインさんの肩を叩き、食事に誘った。 ここで会ったのも何かの縁だ。今日のお昼は奢るよ。 おぉ……君って本当にいい人だな。あ、でも、そうなると俺はヒモに見えるよな。オヤジに知れたら絶対ゲンコツ食らう……。 親元離れて暮らしてるんだし、常にお父さんの言いつけを守らなくてもいいんじゃない? まあそうだけど、にしても悪いよ。何か手伝えることはないか? 今は特に無いかな……まあ、ご飯食べながら考えるよ。 でも…… 「ギュルルル……」今度は私のお腹から聞こえてきた。魂天神社でご飯にする予定だったんだけど、こんな所でハプニングに出くわすのは想定外だった。 うう…… おっと……じゃ、とりあえず飯に行こうぜ。近くに超美味いラーメン屋があるんだ。 エインさんの案内で、通り一本挟んだ所にあるラーメン屋にやってきた。こぢんまりとした店構えで、テーブルや椅子はどこか懐かしい風合い。店内にはスープの匂いが満ちていて、どこか家庭的な雰囲気のお店だ。 一飜市の、飲食店に対する最上の賛辞って、なんて言うか知ってる? チョーウマい、とか? はずれ。「家の味がする」だよ。 へー、じゃあ、最悪な時はなんて言うんだ? 「家で作れるレベルだ」だね。 一飜市の文化は奥が深いなぁ…… などと話しながらも、エインさんは細い通路をすいすいと通っていく。空席を見つけて座ると、メニュースタンドに差さっていたメニューを手渡してきた。 ここには良く来るの? そこそこかな。迷ったら、看板メニューの豚骨ラーメンにしとけば間違いないぜ。 信じてくれ、「家の味がする」からさ。 じゃあ……看板メニューのラーメン、二つで。 お、今回は友達も一緒か。ナイスだ、ぼっちの兄ちゃん。今日は味玉おまけしてやるよ。 声につられて顔を上げると、似合っているとは言い難いクマちゃん柄エプロンを着けた屈強な男がすぐそばに立っていた。 サングラスと、腕に入った大きな入れ墨がなかったら、このラーメン屋の店主だとすんなり信じられただろうが……。 サンキュー、大将。 あ、そうだ。今日は別のバイトでだいぶトラブっちまったから、大将のおつかいは明日でいいか? 屈強な男は、無言でただ「OK」とハンドサインし、持ち場に戻っていった。 あの人、本当にラーメン屋のご主人なの? はは、俺も初めて入った時、今のPLAYERと同じことを思ったぜ。 確かに大将は昔ワルだったけど、今は正真正銘ラーメン屋の大将なんだ。 料理もあの人が作ってるの? 当たり前だろ。この店を甘く見ない方がいいぜ、なんたってここは大将の狩り場だからな。PLAYERの狩り場が麻雀会館なのと同じさ。 自分の狩り場でしくじる狩人はいない、だろ? それは言い過ぎだよ、私も自分の狩り場で32000打ったりするしさ。 ハハッ、それは君なりの敵を誘い込む罠なんだろ? 俺達狩人の間じゃ、「能ある狩人は時に獲物の姿をしている」なんて言ったりするぜ。 君はきっと、そういう勇気と策を兼ね備えてる人なんだ。 ……まったく、泣かせてくれるな~。 はいよ! ご注文の看板メニュー、豚骨ラーメン二つ! ごゆっくり。 迫力ある大将の声と共に、大きなどんぶりが現れた。乳白色のスープに太さの揃った細麺、上には刻みネギが散らされている。なんとも食欲をそそる香りだ。 特に、どんぶりの縁に沿ってぐるりと敷きつめられた大ぶりのチャーシューは、絶妙な厚みでジューシーだ。これほどの量のチャーシューが入っているお店は一飜市中を探しても他にないだろう。このラーメンのおかげで、一瞬で店主まで愛想良く見えるようになった。 ふー、ふー……ぅあっち! ……ふぅ、忙しい一日の終わりに大将のラーメンを食う、人生で一番幸せな時間だよマジで。 幸せのハードルが低いねぇ、君も。 他にも安くて美味い店を知ってんだ。今度は俺が奢るよ。 エインさんは一飜市に詳しいんだね。 おう、好きな街だからな。 どうして? 懐が深くて公平だからだよ。頑張って働く奴を出身や容姿で差別したりしないし。 それに、ここにはでかい狩り場がたくさんあって、どの狩人も、思い切り駆け回って、それぞれの才能を発揮してる。 俺、部族の人たちにここを見せたいよ。ここの狩り場は決まった考えに縛られないし、狩人も侮れない奴らがわんさかいるからさ。 毎日ここで暮らしてるから特にそんな風には思ってなかったけど、君にそう言われると、「一飜市の善良な市民」の一人として熱くなってきちゃうな~! 熱く……どわーっ! 熱いのはスープをこぼしてるからだ、PLAYERー!{var:Shake} 大将、なんか拭くもんくれー! へ? うわああああ~~~!!! 散々慌てふためいてようやく服にこぼしたスープをほぼ拭き取ると、愛想のいい店主がスープのサービスをしてくれた。 食事する時は胸を熱くする話を聞くもんじゃないな。テンションが上がると、いよいよスープをこぼしやすくなる……。 ハプニングには見舞われたものの、やっぱり美味しいものを食べると気分も明るくなる。 ふ~、食った食った。今日はPLAYERに助けられたな。 大したことはしてないよ、私達仲良しなんだしさ。苦楽を共にしてこそ、真の友達でしょ? そうだな、辛いことも楽しいことも分かちあってこそ真の友達だ。 そうだ、俺に手伝ってほしいこと、思いついたか? うーん……やっぱり思いつかないや。 はは、だと思った。こいつを準備しといてよかったぜ。 エインさんはポケットから一枚のカードを取り出し、私に手渡した。先ほどのラーメン屋で、ずいぶん時間をかけて何か書いているなと思っていたのだが、どうやらその時の紙らしい。 読んでみると、それは「無償雇用券」だった。券面には、「仕事一回分を無償でエインに命じることが出来る。その際、あたえられた仕事はミスなく必ずやりとげる。エイン」と書かれている。 あはは、これ、どうして身売りの契約書みたいな文面なんだ? おわっ、言われてみれば確かにそっくりだな。 けど、これは一度しか使えないから、使いどきはよく考えるんだぞ。くれぐれも「手袋を作るために狐の毛がほしい」とかそういうのは言うなよ。間違ってもすんなよ! エリサさんじゃあるまいし、そんなことしないよ。 わかってる、もちろん君はエリサじゃない。君は俺の最高の親友、PLAYERだ。 私は顔が熱くなった。真っ昼間からこうもストレートに言われると、かなり照れくさい。 この後はどうする? 一緒に魂天神社で麻雀でもする? ツイてない時に麻雀なんて誘わないでくれよ、国士や九蓮に振り込めってか? 俺は家で最高に安全な時間を過ごすよ、じゃあまたな。 今日は散々だったことを思い出したのだろう、彼の耳は再びしょんぼりと垂れ下がった。これ以上困らせるのもなんだし、エインさんとはここで別れよう。 一時間後 ロン! 国士無双、役満! PLAYER、ありがとよ。 八分後 ロンにゃ、大三元にゃ~! さっすがご主人、ありがとにゃ。 六分後 ぐひひひっ、ロン! PLAYER、わらわの九蓮宝塔に牌を捧げてくれたこと、感謝するぞ。 冷や汗をかきながら、ポケットの中の「無料雇用券」に触れた。あいつ……まさか不運を私にうつしたのか? こんなのはもうこりごりだ~!